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第24話
テキトーなファミレスでメシを食ってから家に向かうことにした。
小焼のことを考えると食べ放題のメニューがある店のほうが良い。ファミレスならサラダバーもドリンクバーもある。なんなら、ライスのおかわりも自由だし、カレーもセットでおかわり自由だ。何でカレーもおかわり自由なんだかわかんねぇけど、それだけセット価格になってんだと思うし、単価も安いんだと思う。
だからって、小焼は豚の生姜焼き定食を食べた後に白玉あんみつパフェ食って、カレーを食っていた。
……相変わらずよく食うなぁ。本当に底無しの食欲だな。わんこそばの大会とか出たら良いんじゃねぇかなと思いながら、4杯目のカレーライスを口に運んでいる小焼を見る。
「おまえ、何杯食ったら腹いっぱいになるんだ? 今度、血液検査してみねぇか?」
「夏樹が採血するんですか?」
「おまえがおれに採血して欲しいって言うならすっけど……、変なとこ刺しても文句言うなよ」
「できないんですか?」
「できないわけじゃねぇよ。針が皮膚にプツッと刺さる感触にゾワゾワするんだ」
「そんなとこで興奮しないでください」
「興奮してねぇから。どちらかというと嫌悪のほうだから」
話しつつも、カレーは皿から消え去った。小焼は席を立つ。まだ食うつもりらしい。あの鍋ん中今どうなってんだろ……?
「小焼。おれ、タバコ吸ってくるから」
「わかりました。お前のドリンクに酢を入れておきます」
「どんなイタズラする気だよ! やるなら、ほどほどにしてくれよ……」
カレーを持って戻ってきた小焼に声をかけて席を立つ。
食べ物で遊ぶようなやつじゃねぇから、そんなに変なドリンクを錬成しないとは思うんだが……、酢は本当に入れそうだな。「健康に良いから」とか言って。
喫煙ルームに向かうついでにカレーの鍋とライスの入ったかまを覗く。底が見えていた。元の状態がどうなっていたかわかんねぇけど、食い過ぎな気がする。
仕切りを押して、喫煙席の横を通り、喫煙ルームに入る。どうして喫煙席って、トイレの近くにあんのかなぁって思ったけど、火を使うから、もしも火事になった時に水が近くにあるからって理由……だと思う。おれの勝手な想像で。
タバコを咥えて火をつける。煙が換気扇に吸い込まれていく。オレンジ色の照明だから、あったかい光の筋が見えた。ライブのスモークって、こうやって光を綺麗に見せるためにたいてんだろうなぁ……。小焼はライブハウスなんて言ったら噎せそうだ。タバコのヤニで汚れた壁に、染みついた何とも言えないにおい。熱狂するファンとステージ上にキラキラ輝くアーティスト。噎せ返るような熱気と汗のにおい。……ライブもしばらく見に行ってねぇな。実習とレポートに明け暮れる日々で、そんな暇なかったな……。小焼と行くのは無理そうだな。フェスとかなら外だし肺も大丈夫だろうけど、あいつ、人混みが嫌いなんだよなぁ……。
肺まで吸い込んだ煙をゆっくり吐き出す。少しの辛味と苦味が口に残った。
席に戻る。小焼の前にプリンがあった。
「また追加したのか?」
「カレーのおかわり制限されました」
「……だろうな。食い過ぎなんだよ」
「自由って書いてたのに……」
小焼は不満らしい。プリン皿には既に食べ終えられたチェリーの種とヘタが乗っている。
「小焼知ってっか? キスが上手いやつって、ヘタを口の中で結べるらしいぞ」
「できますよ」
「まじか」
「昔、母が仕事の打ち合わせをこういう店でしている時に、暇過ぎてヘタで遊んでいたんです」
と言ってから、小焼は簡単に口の中でヘタを結んで、見せてくれた。本当にできるやついんだな……。おれはできねぇぞ、そんな高度な技術。
少しぬるくなって、汗をかいたグラスを掴む。酢の香りがする。本当に入れやがったようだ。恐る恐る口に含む。甘酸っぱい。
「どうですか?」
「なんか甘いし酸っぱい」
「リンゴジュースを混ぜたのでリンゴ酢です」
「……おう」
飲み切ったところで鼻が痛い。下の方に酢が寄っていたようだ。けっこうツーンときた。小焼の表情は全く変わらない。
小焼はまだ物足りなさそうな気もするが、人が入り始めたのでファミレスを出て、おれの車で家に向かう。後部座席には明日川釣りに行くからってんで、釣り竿、バケツ、網。
クーラーボックスは明日保冷剤と飲み物を入れてから載せる予定だ。
「明日は何時に出ますか?」
「キャンプ場まで高速乗って、1時間ぐらいかかっから、4時には出る必要があっかなぁ」
「キャンプ場なんてあるんですか?」
「おう。お昼にバーベキューできるように予約しといたぞ」
「何も野菜買ってませんよ」
「向こうで準備してくれんだよ。任せとけって」
何にも釣れなかった時の予防策として予約しといたんだけど、小焼には言わないでおこう。少し不機嫌だったのが、なおったし。
「もう少し早い時期だったら桜も満開だったんだけどなぁ。桜の名所の川だからさ」
「そうなんですね」
「おまえ、桜好きだろ?」
「母が好きなんですよ。『桜は俯いて咲くから、下から見上げたほうが綺麗』って言ってました」
「ほーん。言われてみれば、下向いて咲いてんなぁ。感性が豊かだよなぁ、おまえの母ちゃん」
「デザイナーですからね」
「それもそっか」
他愛もない話をしている間に家に着いた。
家のドアを開く。豆柴犬のまめたが駆け寄ってきた。今朝、去勢手術から帰ってきたばかりだから、エリザベスカラーがついている。
「まめた、怪我したんですか?」
「いいや。今朝、去勢手術から帰ってきたんだよ。母ちゃんが迎えに行ってた」
「で、お母さんは?」
「夜勤だよ。父ちゃんも今日は当直だってさ。あー、あと、ふゆは帰ってくるからな。けいちゃんも泊まるってさ」
「そうですか。……お邪魔します」
「邪魔するなら帰ってくれ」
「わかりました」
「と言いながらも、あがるんだよなぁ……」
玄関のカギはかけておいた。ふゆは今から夕飯食うって連絡が来てたから、小一時間は後になるはずだ。
小焼は勝手におれの部屋に行くので、おれは風呂をわかしてから、ジュースを持ってってやろう。
「ほい、炭酸抜きのコーラ」
「運動していない時は普通のもので良いんですよ」
「それならそう言っといてくれよ。おれ、ずっと振り続けてたろ!」
「振るのが好きなんだと思っていました」
「なんだよそれぇ……」
「それよりも、部屋片づけたらどうですか?」
「これでも片付いたほうだぞ」
小焼の部屋に比べたらごちゃごちゃしてっけど、おれにしては整頓されているほうだ。
小焼は近くに置いてあった雑誌を取る。山のように積んでいた雑誌が崩れた。
「……片付いているんですか?」
「おまえが崩したんだろ」
「何ですかこの『団地の巨乳ギャル妻100選』って……」
「あー、それなぁ、けっこう良かったぞ。乳がでっけー女がいっぱいで」
「タイトルに巨乳と書いているんですから、乳が大きくないと詐欺になります」
「そうなんだけどさぁ、たまにハズレがあるんだよなぁ」
「はぁ」
めちゃくちゃあきれたような溜息を吐かれた。
まめたが小焼の隣で尻尾を振りながら、はふはふと息を吐いていた。相変わらず、動物にはよく懐かれるやつだ。小焼と一緒にいると動物が寄って来ることが多い。特に猫が多い。散歩中の犬も寄って来る。鳩も飛んでくるし、雀はパンくずを持って来る。どうなってんだろ、こいつ。
「そういえば、夏樹に見せたいものがあるんです」
「おっ、何だ?」
「これ。サイズの確認したいんで、着けますね」
「犬用の首輪をしれっと普通に着けようとすんなよ」
「嫌ですか?」
「嫌……、じゃないけどさ」
「それなら良いでしょう」
カバンから取り出した赤色の犬用首輪を着けられる。小焼がおれの為に選んでくれたものだから、嬉しい。犬用だってのに、嬉しい。少し苦しいけど、全身の血が沸騰しそうなくらいにドキドキする。
「ぴったりですね」
「お、おう……」
「あと、おまけでエサ皿がついてたんで、どうぞ。ここに担々麺入れてあげましょうか?」
「さ、さすがに、担々麺はきびしいんじゃねぇかなぁ」
「汁なしならいけると思います。今度作ってあげますね」
「ん」
ふざけているわけでもなく、大真面目に言ってるのがわかる。変な扱いされてんのに、ゾクゾクが止まらなくなる。あー、駄目だ。『待て』って言われたし、おあずけされてるから、期待しちまう。
「犬用の首輪して勃起してんじゃないですよ、変態」
「だ、だって……、小焼が選んでくれたんだろ? 嬉しくって」
「私が選んだというか、動物行動学の教授のオススメなんですけどね」
「でも、注文したのは、小焼だし」
「まあ、そうですね」
頭を撫でられる。嬉しい。まめたも撫でられていた。もっと触って欲しい。頭を撫でていた手が頬に滑る。あったかい。くすぐったい。
「で、これがリードです。思ったよりも丈夫で、水遊びにも使えるそうです」
「へえ、そっか」
「このままお散歩行きますか?」
「い、いやぁ。それはちょっと……、まだ人通りも多いし、明るいしさ」
「人通りが少なくて暗かったら行ってたんですか?」
「そういう意味じゃねぇけど……痛っ!」
首輪の金具にリードがつけられて、引っ張られた。首が絞まる。意識がトビかけた。あ、下、爆発しちまったや……。
「痛がってるのか喜ぶのかどっちかにできませんか?」
「だってぇ!」
「だってじゃないです」
「ぐぇっ」
駄目だこれ。リードを頭より上に引っ張られたら、首が絞まる。首吊りになってる。色んなものが出そう。色んなものが。オチそうなところで、弱められた。
「今度は金具が勝手に外れなくて良さそうですね」
「……けほっ、おれへの安全性はゼロだけどな」
「きちんと加減してますよ」
「はいはい。加減してくれてんのな、ありがと」
本当に加減してくれてんのか? けっこうギリギリのチキンレースを強いられているような気がしてなんないぞ。
その後は首輪を外されて、カバンに戻された。アレ、明日の川釣りにも持っていくつもりか……? そりゃ、朝なら暗くて人通りが少ない場所だろうけど、まさか散歩するつもりじゃねぇよな? 期待してる自分がいるのも少し困る。
「風呂わきましたか?」
「おう。今、『おふろがわきました』って喋ったから」
「一緒に入りますか?」
「……いいや。おれん家の風呂、二人で入るには狭いし、ふゆも帰ってきた」
まめたが走って行ったので、ふゆが帰ってきたんだと思う。話し声も聞こえる。賑やかだな。さすが女子高生ってところか。足音が近付いてくる。
「お兄ちゃん! えっちなことしてない!?」
「してねぇよ!」
「えー、何でー?」
「何でって、するかっての!」
してたらどうなってたかって考えたら恐ろしいな。おれが彼女連れてきてた時もいちいち部屋に飛び込もうとしてきたからなぁ……。しかも最中にドア叩きまくってきた時もあった。それから、そういうことは絶対ラブホでするって決めた。ふゆの帰りが遅いって時も何故かバッチリなタイミングで帰ってくるから、こいつ、狙ってんじゃねぇかなって思う。
ふゆの後ろからけいちゃんがひょっこり顔を出す。小声で「えっちなことは駄目やの……」と言っていた。顔が真っ赤だ。
「風呂に入ってきて良いですか?」
「おう。行ってこいよ。タオルとかは脱衣所にあっから」
「知ってます」
「だよなぁ」
「けい。一緒に入りますか?」
「はうっ!?」
「……冗談ですよ」
けいちゃん、フリーズしちまっただろ。思考回路がショートしちまってんじゃねぇかな。おぼこくって可愛いなぁ。ふゆもこれくらいの可愛さがあれば良いんだけど。見た目は我が妹ながら悪くないと思うが、中身が腐りきってっから……。
小焼はおれの部屋から出て行く。ふゆとけいちゃんは居座っている。
「おまえは自分の部屋行けよ」
「お兄ちゃんの部屋にいた方が面白い事ありそうだもん」
「何もねぇよ。お兄ちゃんは芸人じゃねぇんだから」
「あ、お兄ちゃんあれやってよ。ちんちんでランドセル持ち上げるやつ!」
「女の子がちんちん言わない!」
「えー、ちんちんぐらい良いでしょー? けいちゃんだって、たまにお茶持って『ちんちんやの』言ってるもん」
「ち、違うの! ウチのは、そういう意味やないやの!」
けいちゃんのは方言だろうな……。お茶にってことだから、熱いとかそういう意味かな。更に顔を赤くしたけいちゃんは俯いて手遊びをしている。
おれは下着が妙に湿ってるのをどうにかしたいし、ズボンに染みないか心配だってのに、こいつらはまだ出て行こうとしない。もしかして気付いてて居座ってるとかそういうプレイじゃねぇかって思うくらいに出て行く気配が無い。足音がする。小焼が風呂からあがってくるくらいに長時間居座ってんじゃねぇよ!
「すみません。服持っていくの忘れてました」
「あー! 全裸で来るな! せめてタオルで股間隠せー!」
そういえば、そういうやつだったー!
ドアに一番近かったけいちゃんがモロに見てしまったようで、恥ずかしさで気絶した。とりあえず、小焼を部屋の外に押し出す。
「服取ってきてやるから、ここにいてくれ! けいちゃん気絶しちまっただろ!」
「見慣れておいたほうが良くないですか?」
「刺激が強過ぎるんだよ! 剃ってるし!」
「剃刀借りました」
「ひとん家の剃刀で陰毛剃ったのかよ」
「気になったもので」
「わかったよ……。新品おろしとく。」
さすがに小焼の陰毛剃った剃刀でヒゲ剃るのは……おれはともかく、父ちゃんがなぁ。知らぬが花だろうし、処分しておこう。
部屋に戻って、小焼のボストンバックから着替えを取り出してやる。きちんと小分けにして詰めているあたり、育ちの良さがわかる。常識が抜けてる時あっけど。
服をきっちり着てから部屋に入るように言って、先に戻っておく。
「お兄ちゃん。けいちゃんがぐったりしたままだよぉ」
「あー、そうだった。けいちゃーん、大丈夫かー?」
肩を叩いて呼びかける。ビクッと震えて、けいちゃんは起きた。
「ごめんなさいやの……」
「いいや、こっちこそなんかごめんな」
「何で謝りあってんですか?」
「おまえの所為だぞ」
部屋着の小焼が部屋に入って来る。濡れた髪が肩に流れていて、キラキラしている。
「小焼もあがってきたし、ふゆ、風呂入ってきたらどうだ?」
「そうするー! けいちゃん一緒に入ろ!」
「うん!」
女子高生二人で風呂入るのは可愛いと思う。
二人を見送ったところで、小焼を見る。赤い瞳が濡れているように輝いている。あ、これ……もしかして、腹減ってるんじゃねぇか……?
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