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第26話

 浴室はほんのりあったかかった。女子高生が入った後って考えたらドキッとするかもしれないが、妹とその友達だし、特に何も感じない。小焼なら喜ぶかもしれねぇけど……、あいつ、何歳ぐらいが好きなんだ?  嫌な予感がするからさっさと風呂から出よう。剃刀も交換しとかねぇと。 「あ、きちんと毛は取ってくれたんだな」  剃刀の刃には何も挟まっていなかった。そんなところはきっちりしているようだ。……ひとん家の剃刀で陰毛剃るのはどうかと思うけど。  テキトーに風呂を終わらせて、体を拭く。パンツのまま脱衣所を出ようとしたけど、けいちゃんがいるからきちんと着ていこう。小焼の筋骨隆々なパーフェクトボディを見た後だと、おれのワガママボディが子供っぽく見えそうだ。前より腹筋ついたかなって思うんだけどなぁ……、もっとバッキバキにしてみてぇな。  前にデカデカ『兄!』と書かれたTシャツとハーフパンツを着て、脱衣所を出る。キッチンで何か飲んでいこうと思ったら、流し台に牛乳パックが逆さに置いてあった。……小焼が飲んだんだな。この几帳面に洗って干している感じだと。うちの母ちゃんは大雑把にそこらに置いてるし。  麦茶を飲んで、階段を上がる。廊下まで話し声が聞こえる。ほとんどふゆの声しか聞こえないのは、小焼は相槌しかしていないんだろうし、けいちゃんの声は小さいから廊下まで聞こえないんだと思う。 「お兄ちゃん戻ってくるのはやーい!」 「ンなことねぇよ。ほら、解散だ。解散。部屋戻れ」 「まだ小焼ちゃんと話したいもんー!」 「小焼と話すって何話してんだよおまえら?」  小焼の横に座ってまめたを膝に乗せつつ尋ねる。小焼は数度まばたきをしてから、口を開いた。今の仕草は何だ? 初めて見たぞ。 「アニメの話をしてました」 「へ? おまえ、アニメ見るのか?」 「朝食を食べている時にたまたまやっているのを見た程度ですけど……」 「それがね、今とっても流行ってるやつなんだよ! あたしも見てるやつ! 『ブレインアンダーグラウンド』! 略してブレアン!」 「おれ知らねぇんだけど」 「お兄ちゃん遅れてるよぉ! けいちゃんも知ってたもんね!」 「うん。ブレアンは、真人間のシンタローがマンホールに落ちて、地底人のチカと出会い、冒険に恋愛にってドキドキハラハラのファンタジーやの」  どういう話なんだよそれ……。朝食を食べてる時に見たって言うくらいだから、朝にやってるアニメなのか? あらすじを聞く感じだとファミリー向けって感じもするし。 「何時にやってんだそれ?」 「水曜日の27時です」 「……おまえ、何でそんな深夜に起きてんの?」 「だから、たまたま見た程度です。普段は寝ていますよ」 「それよりも朝食って言ったよな? 夜食じゃねぇか!」 「そこ気にしますか?」  小焼は舌打ちをする。不機嫌にしてしまったようだ。どうしたもんかな……。考えていると、けいちゃんのスマホが震えた。短かったし、メッセージでも届いたのかな。スマホをトントンッ、とタップして、何かを見たらしい。嬉しそうな顔をしている。ふゆが横から覗いていた。勝手に他人のスマホ覗いてやんなよ。 「わー! けいちゃんの好きなえっちな漫画が実写映画化とアニメ化決定だって!」 「え、え、えっちやないやのー!」 「えっちでしょ? 『ラブリーバター』の漫画だもん」 「はぅう……」  けいちゃんは真っ赤になって俯いた。ラブリーバターっていうと、少し刺激が強い少女漫画の月刊誌だったはずだ。ふゆが買っていたのを読んだことがある。めちゃくちゃ喘ぎまくってたし、ちんこを描いちゃいけないらしく、発光していた。白抜きっていうのかな、あれ……。 「けい。そのえっちな漫画ってどんなものですか?」  小焼、けいちゃんに追い打ちをかけてやんなよ。死にそうなくらいに真っ赤になってんぞ。おれも何読んでるのか気になるけど。  けいちゃんは俯いたまま手遊びを始めた。横でふゆがスマホを操作して、おれ達に画面を見せてくる。漫画のタイトルは『桜酔鬼噺』。なんて読むんだ。 「これ、何と読むんですか?」 「『桜酔鬼噺(さくよいおはなし)』やの。えっと……吉原遊廓のお話やの。髪の色が生まれつき桃色で、瞳の色が紫色の少女・おいちちゃんが、こう、えっと……」 「恋とエッチをがんばって、吉原一可憐な花魁と呼ばれるほどにのし上がっていくお話だよ!」 「あうぅ、ふゆちゃんもうちょっと言い方があるやの……」 「実写にしたらどう考えても18禁ですよね」 「おー、そうみたいだな。ここ、書いてる」  ふゆのスマホを借りて実写化の概要について読む。もうキャストが発表されてるな。そりゃ主人公は決められてるか。おいちちゃん役は……。 「小焼。おいちちゃん役、巴乃メイちゃんだぞ」 「前売り券の発売はいつですか?」 「気が早ぇよ! まだ発表されたばっかだから、撮影すらしてないだろ!」  そんなに好きだったのか。小焼が珍しく他人に興味示してると思ったら、こういう勢いになるのはどうなってんだか。  アニメ声優も発表されてるな。こっちもおいちちゃん役はメイちゃんになっていた。声優業もやってんだな……。  小焼の機嫌が良くなったから、メイちゃんに感謝しよう。今度レンタルしてみよっかな。小焼の好きなものきちんと知っておきたいし。 「で、部屋戻れよ」 「何でー?」 「ここ、お兄ちゃんの部屋だからだよ!」 「もー、わかったよぉ。おやすみなさーい」 「おやすみなさいやの」 「おやすみー」 「おやすみなさい」  やっと出て行った。なんかすっげぇ疲労感がある。まめたもふゆについていったからドアを閉じてカギをかけておいた。 「やっと出て行ってくれた……」 「『お兄ちゃん』って大変ですね」 「まぁ、妹がいて楽しいこともけっこうあんだけどな」 「その妹がお前の秘宝館あばいてましたよ」 「何で止めてくれねぇんだよ!」 「私は本棚を見ていたので」 「おまえも共犯かよ!」  そういえば本棚が整頓されていると思ったよ! すっげぇ見やすくなってる。おっぱいコーナーが完成してる。けいちゃんが「えっちやの」と言いながら真っ赤になってたのが容易に想像できる……。  時計の短針は9をさしている。まだ早いけど、明日は早起きしなきゃなんねぇし、寝るかな……。と思ったら小焼も同じ事を考えたらしく、先にベッドに入られた。 「狭いですね」 「そりゃおまえん家のベッドに比べたら狭いに決まってんだろ! シングルなんだから!」  小焼の部屋のベッドはダブルサイズだったはずだ。それに比べたら、2人で寝たら狭いに決まっている。布団持ってきて床で寝よっかな……。 「小焼。おれ、床で寝るから」 「私と一緒のベッドで寝たくないんですか?」 「……寝たい」 「それならこのままで良いと思います」  気紛れなのか何なのかわかんねぇけど、これは遠回しに一緒に寝たいってことなんだと思う。そう思っておきたい。 「目覚ましセットしておきました。おやすみなさい」 「おやすみ」  照明を消して目を閉じる。  わかっていたけど、寝れない。生殺しにされている気がする。ああもうほら、小焼の匂いだけで反応しちまってる。でも『待て』だからな。小焼が『よし』と言うまでそんなことしちゃ駄目だ。隣にはふゆ達もいるし、ベッドの軋む音でもさせてみろ、すぐにやかましくされる。 「小焼、寝てるよな?」  恐る恐る話しかけてみる。寝てる。男のくせに長い睫毛してるなぁ。やっぱり綺麗な顔してる。  駄目だ。寝れない。むしろ目が冴えてきた。下半身も起きてきた。素股ぐらい……と思ったけど、駄目だ。絶対怒る。下手したら川釣りさえも無くなる。おれが明日の朝日を拝めないかもしれない。ここで死ぬかもしれねぇ!  ……手ぐらいなら借りて良いかな。良いよな? 手だもんな。  小焼の手を掴む。あったかい手だ。これを、こう。自身を握らせてその上に自分の手を重ねて扱く。あ、これ、クセになりそう。手コキしてもらってるみたいで超気持ち良い。 「はっ、あ、小焼……、小焼……、すげぇきもちい、おまえの手あったかくて、きもちい」  寝てんだから話しかけても反応は無い。起きてたら「は?」って睨まれると思う。ガマン汁が手にまとわりついてくる。まだ、もうちょっと、まだこの快感を味わってたい。気持ち良い。あー、もう、出そう。 「イッ、あっ!」  突然、ギュッと握り締められ、そのまま爆発しちまった。まずい。思いっきり、小焼の手にぶっかけちまった。 「……ふわぁ?」 「わ、わ、わ、わりぃ! ごめん! すぐ拭くから!」  寝惚けている間に拭き取って、小焼の頭を軽くぽんぽん叩いてみる。よし、寝た? 寝たよな? 「夏樹」 「あ……?」  寝ないかぁ! やっぱり寝ないよなぁ! 「私が寝ている間に何してくれてんですか」 「ごめん。我慢できなくて、手借りた……」  溜息を吐かれた。怒ってはなさそうだし、不機嫌でもなさそうだ。あきれて何も言えないって感じか?  手が伸びてくる。叩かれるのかと思って歯を食いしばったら、頭を撫でられた。 「えっちなことは駄目です」 「ふぇっ!?」 「……おやすみなさい」  すぐに規則正しい寝息が聞こえてくる。反則だろ、そんなの……。寝れる気がしない。目を閉じる。やっぱり寝れる気がしない。動悸が、とか言いたくなる。不整脈になりそうな気分だ。落ち着け、落ち着くんだ。おれのお宝よ、鎮まれ! ……無理だ!  おれ、このまま寝ないで車の運転しなきゃいけないのか? それは危険すぎるだろ! なんとかして寝るしかない。  よし……、床で寝よう……。父ちゃんの部屋から布団持って来よ……。

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