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第29話
「小焼ー! 見てくれ! 火柱だ!」
「着火剤つけすぎだ、ばか!」
「いっぱいつけたら良いと思ったんだよ……。前髪ちょっと燃えた」
「はぁ……」
夏樹の「火の扱いなら任せろ!」というよくわからない自信に任せたのが間違いだった。炭に火はついたようだが、夏樹の前髪も少し焦げたようだ。あきれて何も言えやしない。
夏樹はうちわでひたすら仰いで他の炭に火を広げているようだが、きちんとできるのか心配になってきた。
「あ、折れた!」
「……火は?」
「火は安定してっぞ。もう肉焼けんじゃねぇかな! 肉置こうぜ!」
「肉の前に網を置いてください。もしくはお前が網になれ」
「それって、肉が焼けるより前に、おれが焼き肉になるんじゃねぇか?」
「真面目に返さないで良いので、早く網を置いてください」
「あいあい!」
網が設置されたので、食材を並べていく。肉よりも先に魚を置いてやった。……丸ごと串に刺さっていたからそのまま網に刺したが、これだと、串が燃えるな? 置き方が違うのか?
「なあ小焼。これ、違うんじゃねぇか?」
「私もそう思います。串から抜きますか?」
「いや、これ、あれじゃねぇか? ほら、昔話のおばあさんが焼いてるような感じ!」
「ああ、なるほど……。そうだとしたら、網が邪魔では?」
「そうだな? 三枚おろしにするか?」
「できるんですか?」
「おれを誰だと思ってんだ! できねぇよ!」
「胸を張って言うことではないです」
違和感しかない串を引き上げて皿に戻す。ミズタマウオ、もといヤマメは斑点模様の愛らしい魚だ。キッチンバサミで切り分けて三枚におろした。夏樹は隣で拍手をしている。拍手をしている間も、網の上でピーマンが黒くなっていた。
「夏樹。ピーマンが焼けてますよ」
「お! そんじゃ、いただきまーす! ぅあっつい!」
「……ばかなんですか?」
さっき、少し落ち込んでいるように見えたんだが、ばかなことをしているので、余計な心配だったか? それとも、わざとか? 夏樹は優し過ぎるから、必要以上に思い悩んで不安を抱え込む時がある。考え過ぎだとは思うんだが、そういう性格だから仕方ない。大雑把なくせに、妙なところで繊細だ。
「ん? ふゆから何か画像とメッセージ来てるなぁ」
夏樹はにんじんを咥えてスマホを弄っている。腹が空いたな。焼き上がったトウモロコシを齧る。焼いている時から甘い香りがしていたが、齧るとそれが鼻を抜けていった。濃厚な甘みが口いっぱいに広がる。このトウモロコシは当たりだったようだ。たまにカスカスの味の無いやつがいるからな……。詐欺かと思うくらいに甘味が無い。あれはポップコーン用だったのか? と思うくらいだ。
「小焼! これ!」
「何ですか? 長ねぎも食べてくださいよ。焦げてしまう」
「中毒になるから嫌だ」
「お前は犬か。好き嫌いせずに食べろ」
「食べるけどさぁ……。ほら、これ見ろって。あっつい!」
「何で炭火の上でスマホ見せようとしてんですか」
まあ、うっかりやりがちなミスだとは思うが。
夏樹からスマホを受け取る。けいだな。顔を真っ赤にして写真集を持っている。で、けいの隣にいるのは……。
「どういうことですか?」
「今日発売なんだな? メイちゃんのファースト写真集」
「そうですが……、どうしてけいが巴乃メイと一緒に写ってるんですか?」
「えーっと、ふゆからのメッセージによると『けいちゃんがメイちゃんの写真集をレジに持っていったら、メイちゃんが話しかけてくれたんだよ!』だってさ」
「何言ってんですか?」
「うん。おれもよく意味がわかんねぇから、もっかい説明送ってもらうようにした。けいちゃんに説明書いてもらうようにって」
「じゃあ、待ちましょうか」
既読がついているから、メッセージを入力中なんだと思う。いっそ通話したほうが早いとは思うんだが……、と思っている間にメッセージが届いた。
『メイちゃんは書店に自分の写真集がどういう風に並んでいるか、どんな人が手に取ってくれるか気になってお店にお忍びで覗きに来ましたって言ってました。女の子のファンがいてくれて嬉しくてウチに話しかけてくれたそうです。キャンペーン対象店舗特典のポストカードにサインを貰いましたので、後日小焼くんにお渡しします。お伝えお願いします』
……文章だと「やの」はつかないんだな。
「返事来たか?」
「はい。……サイン入りポストカードを貰えるそうです」
「へぇ、良かったなぁ」
笑っている夏樹にスマホを返す。すぐに返信しているようだった。
ヤマメが焼けたので皿に取り、入れ替わりに肉を並べていく。
私のスマホが震えていたので、確認する。夏樹から画像が送られてきていた。
「メイちゃんけいちゃんのツーショット送っといた」
「可愛いですね」
「そうだなぁ。どっちも可愛いな。脚がむちむちだし」
「夏樹って、人の胸以外も見てたんですね?」
「見てるよ!」
写真を保存しておく。
巴乃メイの服装は、うさぎや鳥かご、いちご、小鳥が描かれたジャンパースカート。ブラウスはオフホワイトでセーラーカラーだった。甘ロリだな。ピンクの髪にはうさぎの耳がついたヘッドドレス。このブランドは……Angel Sweet Pain か。よく似合っている。
けいの服装はIMWなのでゴスロリだ。病みかわ路線のキューキューシリーズを着ていた。ショップで予約完売情報もあるようなシリーズだが、よく予約合戦に勝てたな……。
ついでにふゆも写った自撮りバージョンも送られてきていた。
「ふゆの服、昨日と同じでは?」
「あー……、あいつ、2日は同じ服着てる。着回しコーデとか言ってさ」
「うちの母から贈りましょうか?」
「ふゆには似合わねぇと思う」
「自分には似合ってると?」
「そういう意味で言ったんじゃねぇけどさぁ……。だって、おれが着るやつって、おれに似合うようにっておまえの母ちゃんは考えてんだろ? だから!」
それもそうだな。母は夏樹に似合うとわかっていて、夏樹に着せたいものを考えて作っているんだから、ふゆが着たら似合わなくなる、かもしれない。ふゆもけっこう愛嬌のある顔をしているから、写真だと性格も伝わらなくて良いと思う。
焼けていくものを皿に取りつつ、バーベキューを楽しむ。夏樹ははふはふ言いながら食べていた。本当に犬のようだな。
後片付けをして、レンタルしたものを受付に返す。キャンプ場の時計台では、鳩が鳴いていた。もう5時か。
「なんだかあっという間だったなぁ!」
「そうですね」
夏樹の車の助手席に座る。足にペットボトルが当たった。捨てるのを忘れていたな……。夏樹の小便。
「夏樹。お茶飲みますか?」
「おっ、くれるのか?」
「おまえの尿です」
「お茶じゃねぇじゃん! あっぶねぇ、飲みかけた」
自分で出したものをまた飲むとリサイクルになりそうだな……。そんな健康法が昔あったような気もしなくはない。
バーベキューは夏樹が気を利かせて5人前を頼んでくれていたようだが、まだ腹が空いている。夏樹が袋から飴を取り出して食べていた。
「私にもください」
「ん? 薄荷だけど、良いのか?」
「他には無いんですか?」
「ふゆが煎餅食った残りとかならあるよ。ほら、梅味オンリーだ」
「嫌がらせですか?」
「あいつ、梅だけは食えないっておれに渡してくんだよなぁ」
梅味の煎餅を口に入れる。湿気にやられつつあるが、食べられないわけではない。濡れおかきだと思えば難なく食べられる。噛み締めるたびに米の甘みが口に広がり、醤油の香ばしさと梅の爽やかな香りが吹き抜けていく。微かに磯の香りがするのは、きざみのりが入っているからだと思う。美味しい。
しかし、まだ腹は空いている。何か食べたい。
「夏樹。腹が減りました」
「あいあい。食い足りなかったんだな、ごめんな。そんじゃ、高速道路乗る前にファミレス行くか。どこにあるかなー。コンビニ停めさせてもらお」
近場のコンビニの駐車場に車を停めて、カーナビで検索を始める。タバコを吸おうとしているが、空になっていたらしく、「駐車場使用代払ってくる。テキトーに決めといてくれ」と言って、夏樹はタバコを買いに出た。
美味しい料理が食べたい。ついでに少し休みたい。明日の講義は午後だけだったはずだ。夏樹はどうだか知らないが。
プールの清掃を社員だけでやるって言ってたからバイトも休みだ。水泳部の活動は……あるだろうか。たまには、練習に参加したほうが良いか?
それよりも、腹が減った。豆大福も食べたい。それと……それと…………。
「お待たせ! 豆大福も買ってきたぞ。で、どこにするか決まったか?」
夏樹から豆大福を受け取る。軽く触れた指先から熱が伝わる。
「……ホテル」
「へっ?」
「ホテルに、行きたい」
「おお! ホテルならバイキングとかあるもんな!」
「違う」
「ん? 違うのか? バイキングじゃねぇの?」
「夏樹」
「何だ?」
言葉が出て来ない。腹の虫が鳴いている。腹が減った。腹が空いた。欲しい。いっぱい、欲しい。
夏樹が欲しい。
「小焼。言ってくんねぇとおれはエスパーじゃないからわかんねぇよ。スプーン曲げは力技ならできっけどさ」
夏樹はいつものように人懐こい笑みを浮かべている。
胸の辺りが痛くて、熱くて、腹の奥がさみしい。何でだかわからない。さみしい。もっと、夏樹に触れたい。
手を伸ばして頬を撫でる。くすぐったそうにしている。あったかい。欲しい。さみしい。
「夏樹……、ホテル、行きたい……」
「おう。そんで、どういうの食べたいとかあるか? 調べっから」
「違うんです」
「んー?」
「……セックス、したい」
「ふぇっ!? あ、ああ! そ、そっちか! わ、わかった! ラブホだな!」
夏樹は慌てた様子でカーナビをつついている。都道府県が一瞬海外に吹っ飛んでいたが大丈夫だろうか? 急に海の横断はやめてほしい。
「同性オッケーんとこあった。ここに行こう。ほい、着くまで豆大福食っといてくれな」
豆大福の包みを破る。口に入れる。皮が唇に吸い付くようにしっとりしているし、赤えんどう豆はほっくり炊かれていて、絶妙な塩加減が効いている。甘味と塩味が交互に混ざり合い、良い塩梅だ。コンビニスイーツでも豆大福は美味しい。
普段は鼻歌を奏でていたり何か話している夏樹だが、静かだ。車内に妙な沈黙が流れている。
視線を落とす。夏樹のエクスカリバーに変化は無い。バックミラー越しに目が合った。
「あのさ小焼。おれに気をつかってラブホ行きたいって言ってんなら……無理しなくて良いから」
「何ですか?」
「おまえには、可愛い彼女もできたんだしさ、こう、ゲイだとか同性愛者だとか騒がれたくないだろうし……。居づらくなっちまったろうし……。ごめんな、おれが、おまえのこと好きだとか言ったから」
「は?」
「好きになってごめん……」
くりくりの大きな瞳から涙がこぼれ落ちる。泣きながら運転されると怖い。周りに車はいなくても、怖くなる。
何で夏樹が泣いているんだかわからない。
わからないから、何もできない。
わかっていても、私には何もできそうにない。
ただ、わかることは……、腹が空いた。さみしい。
赤信号で止まる。夏樹はタバコに火をつけていた。煙が車内に回っていく。
私はシートベルトを外して、夏樹に詰め寄った。
「な、な、何だよ?」
「夏樹。好きになってしまったものは好きだから仕方ない思うんで、謝らないでください」
「ん」
「あと……、ずっと言ってなかったことがあります。一度しか言わないので、よく聞いてください」
「わかった!」
「Only you can make me happy or cry .
You take my breath away .」
「ほ、ほんとか!?」
「もう言いませんよ。あと、窓開けてください。げほげほんっ」
「わりぃわりぃ!」
キスしてやりたがったが、タバコの煙に邪魔をされた。胸が痛い。体が熱くて、腹の奥がさみしい。
はやく……つかないかな…………。
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