猫と涙と赤い傘 　久しぶりに雲行きがあやしい昼下がり。今にも降り出しそうな雨に、憂鬱なのはきっと俺だけじゃないはずだ。壱人と全く話さなくなって、一週間が過ぎた。 　因みに橋本もまだ及第点を取っていない。相変わらず俺と一緒に補習を受けているけど、どうやら橋本に聞けばわざと落としているらしい。 『たまには息抜きしなきゃ』 　それが最近の橋本の口癖だ。うちの野球部は結構強いのに、今年は地区大会の二回戦で負けてしまった。だから慌てて戻る必要もなくなってしまったようだ。 　壱人はと言えば相変わらず無愛想で、ただ、今回の彼女とは珍しく長く続いている。最近は特に二週間程度のサイクルで彼女がころころ変わっていたのに、それを思うとまた胸が痛かった。 　今回の彼女は今までの彼女とは全く違う少し大人びた美少女タイプで、実は彼女のような女の子が本命だったりするのかな。二人とは話しはしないけど、毎日顔を合わせて、そのたびにいつも胸が詰まりそうになる。 　補習が始まる前までは、あんなに夏休みを楽しみにしていたのに。壱人と同じクラスなのは実に５年ぶりで、補習授業と言えど、壱人の顔を同じ教室で見られると思うだけで楽しみでしょうがなかったのに。 　今はと言えば二人の顔を見るのも辛くて、登校時も二人に会わないように、いつもより３０分早く登校している。そんな涙ぐましい努力にも我関せずとばかり、二人は俺の前を我が物顔で通り抜けていったりするのだけれど。 　去年の夏休みも今年と同じように、夏休みのほぼ全日を補習授業に宛ててしまった。お陰でなんとか進級はできたけど、去年の夏休みの思い出はそれだけしかない。 　去年は俺がＡ組で壱人はＧ組。教室も何もかもが離れていて、学校で顔を合わすこともなかった。せっかく今年は同じ教室で補習できたのに、なんでこうなるのかな。 　なんて不毛な思春期を過ごしているんだろうと思う。もう二度とやっては来ない高校二年生の夏休み。海に行ったり、キャンプしたり、そんな夏らしいことは何もしていない。 　ただ、こうやってプリントと向き合って、二人の背中を眺めて終わるのだろうか。