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07
バカにつける薬
人の噂も75日と言うからだろうか。あれからまだ一ヶ月ほどしか経ってない今は、例の噂は尾鰭 がついてまことしやかに広がっている。直接、壱人本人に真相を聞かないまま、あることないこととにかく大袈裟に。
「なあ、壱人。それ誰にも見せてないよな」
「もちろん。この俺様がそんな勿体ないことするかよ」
「…………」
おバカで俺様な壱人からそれが流出することはなく、噂の真相は謎に包まれたままだ。なのに、
「あ。そういや見せたわ」
「えっ。誰に?!」
「水上 と村上 」
壱人は、そんな恐ろしいことを飄々 と言ってのける。壱人がそう言った二人は壱人が最近よくつるんでいる壱人のクラスメートで、壱人同様に何かと目立つ二人だ。
「で、なんて?」
恐る恐るそう聞いてみると、
「可愛いなってさ。くれとかぬかすから、手を出したらぶっ殺すって釘刺しといた」
そんな物騒なことを言って笑った。
新見 、水上、村上と言えば二年生ながら南校のいい男のスリートップで、校内外問わず半端なくモテる男たちだ。水上はファッション雑誌の人気読者モデル、村上は人気バンドのヴォーカルで、壱人はなんの肩書もないが彼女が切れたことのない男 として知れ渡っている。
どうやらそんなモテ男たちは本当の美人やいい女は見慣れてしまっているのかどうか、ナチュラルメイクの女装をした素朴で平凡な俺が可愛く見えてしまったらしい。まあ、写真写りもあるだろうが。
よく考えてみれば壱人たちの周りの女の子たちは付 け睫毛 もばっちりの濃いめのメイクの子たちばかりで、流行りといえば流行りだが、別段男ウケするメイクじゃない。その点、平凡顔の両親から生まれたちょっと美人な姉ちゃんは、それを最大限に活かしたメイクで美少女に変身する術 を知っているし、それが成功したのがあの日の俺の姿なんだろう。
なんとなく、超不吉な予感がするんですけど。村上と水上が壱人の彼女は可愛いだなんて言い出したら、75日で収まるものも収まらなくなる。
まあ、壱人とデートするといっても姉ちゃんがいないとあの姿には変身できないし。姉ちゃんは今月の頭に北海道の大学にまた舞い戻ってしまったし、何回も変身させられてるといっても自分だけでは無理だしな。
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