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「泉……」 「え、なに?」 「あ、いや。なんでもない」  一瞬、見遣った視線を慌てて戻した。どうやらなんとか間に合ったらしいあいつが、俺らの横を足早に駆け抜けて行く。 「あ。米倉(よねくら)くんだ」  俺が10年以上、ずっと一途に想い続けているあいつこと米倉泉。泉は、基本的に俺が女といる時は俺に話し掛けて来ない。 「さっきの話だけど……」  結木の楽しそうな声をぼんやりと聞きながら、遠ざかっていく背中をいつまでも目で追った。  今年の梅雨明けは例年よりも遅く、ついこの間まで降り続いた雨。梅雨が明けた今も不安定な天気が続いていて、空一面を覆う不気味な分厚い雲に気分も沈みがちだ。  泉を遠ざけるために、今通っている南校を受験した。一応は自宅から一番近いと無理矢理に理由付けたが、偏差値もそれなりの一応は進学校の南高校。まさか泉が受験するとは夢にも思わなかったからだ。  それなのに泉も南校を受験した。そうして、泉は今でも無邪気な顔で俺に話し掛けてくる。俺は意識して、なるべく泉に話し掛けないようにしているのに。  そんなことされたら期待してしまう。泉の好きと俺の好きとは種類が違うのに。泉の好きは大事な友達としての好きで、俺のは誰にも変えられない特別な好きだ。  泉は知らない。俺のこの邪な気持ちを。泉が欲しくて、でも手に入らないから身代わりの女を抱く俺の歪んだ想いを。  そう言えば、初めて泉に会ったのはちょうど10年前の今日だ。ちょうど10年前の夏休みの初日、俺たち新見(にいみ)家は泉の隣家、親父が建てた新居に越して来た。 「隣に越して来た新見です」 「あらあら、まあまあ。ご丁寧に」  引っ越しの挨拶に向かった先に二人の女の子。最初にそう思った、妹らしき可愛い子が泉だった。俺はその時、初めて恋に落ちたのだった。

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