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 犠牲にしてきたものが大きい分、今の親父は人気作家になった今のスタンスを大切にしているんだと思う。生まれ育った家を犠牲にしてまで夢を叶えた負い目もあって、新しい家族を大切にしている。  家督を放棄した実家には一度も帰ったことはないし、もちろん俺も父方の祖父母や親戚連中に会ったこともない。おそらくは祖父母も親父を勘当した手前、人気作家となった今でも後に引けないといったところだろうが、そうまでしてやりたかったことを親父は成し遂げた。 「親父、飯、ここに置いとくぞ」 「ん。すまんな」  ラップに(くる)んだ少し大きめなおにぎりを三つ。熱いお茶の入った水筒と一緒に、親父のデスクの隅に置く。ラップのまま食べると手も汚れないし、おにぎりなら仕事を続けながらも食事が出来る。料理がほとんどできない俺でもこれなら用意できるし。  親父は利き手じゃない手を伸ばしておにぎりを一つ掴み、片手で器用にラップを剥がした。キーを打つ利き手はそのままに、ラップが剥がれたそれに(かぶ)り付く。  そうは言っても両親から勘当された親父が全く後悔していないはずはなくて、だから俺たちには後悔するなと言って来るんだろう。そんなことがあって、俺たち姉弟は好きなことをやって来た。やりたいことをやるのが新見家のルールのようなもので、俺に関して言えば一時は道を逸れかけたこともある。それだけやりたいことをやって来た俺なのに、ここに来て気持ちを押し殺しているのだから皮肉なものだ。  再び部屋に戻ってベッドに仰向いて倒れ込んだ。相変わらず閉め切ったままのカーテンの向こう側。泉はまだ学校にいるんだろう。泉と会える夏休みを満喫しているはずなのに、なんでこんなにうじうじしているのか。親父のついでに用意した自分のおにぎりに噛り付き、また溜め息をつく。  多分、いま一生分の溜め息をついてるな、俺。ベッド脇に放り投げている携帯電話には、泉の連絡先は登録されていない。初めて携帯電話を持った時に、部屋が隣同士なんだから直接会う方が早いと言って交換しないまま今に至るからだ。  まあ、俺は中学の時から彼女を取っ替え引っ替えして来たからか、俺の携帯電話には消し忘れた歴代の元カノと今の彼女の結木くらいしか登録されていない。それもどんなもんかと自嘲して苦笑った。

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