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「ほんと、うざいったらないし」
「……ふ」
それから歯に衣を着せない、女らしからぬ言葉遣いも気に入っている。
「あ、何よ。いま笑ったでしょ?」
「……ぶっ。いや、悪い」
罰として家まで送ってよねとおどける結木にまた笑って、雨の兆しが全く見られない空を仰 いだ。
もしも泉に出会ってなかったら何の苦もなく付き合えただろうと思うほど、不思議と結木と俺とは気が合った。それだけに、たまに結木が見せる何か言いたげな視線が気に掛かる。
もしかして、賢しい結木のことだ。俺が泉を想う邪 な気持ちにも気付いているのかも知れない。幸いあれから一向に雨は降らないし、あの傘の話題に触れて来ることもないのだけれど。
「ねえ、壱人。今日も買い物に付き合ってくれる?」
補習からの帰り道。バス停で結木からそう言われた。
「いいよ」
最寄りの繁華街まではこの路線バスでも行くことが出来るはずで、のんびり行くのもいいだろう。結木といるとその間だけ、泉のことを忘れられた。いざベッドに入ってその体に溺れると、腕の中にいるのは泉でしかなくなるのだけれど。
こんな馬鹿なことを考えている時点で、この気持ちは浮気でしかなくなって来る。10年もの長い間、大切に仕舞ってきた泉への想いに蓋 をする時が来たのかも知れない。
今日は泉と一言も話さなかったばかりか、一回も目も合わせることはなかった。自業自得だとは言えど、ここまで無視された状態だ。もう泉とは、単なる幼なじみでしかなくなってしまったのかも知れない。それなりに廊下で会えば泉から話し掛けてきたし、お友達の関係だけは続けていたのに。
隣で結木が楽しそうに喋っているのに、適所で相槌を打ちながら、流れる景色を目で追った。昼下がりの都バスは乗客もまばらで、誰も俺たちのことを見ては来ない。
浮ついた心を落ち着かせるなら、いつかは誰かに決めなければいけないのだろう。泉への想いはともかく、その時が今まさに来たのかも知れない。
俺は自分の気持ちに決着をつけようと心に決めて、眩しい空の青を仰いだ。
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