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「今日も壱人くんと一緒だったの?」  玄関先に座って靴を脱いでいると、そう聞かれた。 「うん」  そう言いながらなんとなく母さんの方を見ると、母さんはなんとも言えない顔をしている。 「……なに?」 「べっつにー」  母さんは意味ありげにうふふと笑うと、再びスリッパの音を立てながらキッチンへ戻って行った。 「……意味わからん」 (いったい何が言いたいんだ、っとに)  とか言いつつ、内心はドキドキしてたりするんだよな。  最近は同性愛も世間的に広まって来たし、ベーコンレタスなボーイズラブもそうだ。腐女子&腐男子な子を持つ母親である母さんが、そっち方面に必要以上に理解力があっても不思議じゃない。  俺は一生、壱人といるつもりだけど、壱人と恋人関係にあることを両親に言うつもりはない。いろんな言い訳を考えてごまかすつもりだけど、この男同士の同性愛の情報が溢れた状況では薄々気付かれても不思議はない。  例えばそれが母さんの妄想的な腐女子の思考だったとしても、そう思われてるかも知れないって考えるだけで生きた心地がしない。ちょっとだけ弁解すると世間に知られるのが怖いんじゃなくて、わざわざ俺たちの関係を世間に知らしめる必要もないんじゃないかって考えなんだけどさ。  言ってみれば壱人を好きになったのは本当に自然なことで、世間一般的な惚れた腫れたと同じことだ。だからわざわざ壱人が好きだってカミングアウトする必要もないっつーか、さ。  それなのに無理に世間に向けてカミングアウトしても、それは悪戯に世間を騒がせるだけだ。カミングアウトしようがしまいが俺たちには全く関係ないんだし、ならしない方がいいに決まってる。  ただ俺の子供は諦めてもらうしかないから、それだけは誠心誠意謝るつもりだけど。恐らく俺は一生結婚しないだろうから、それを両親に謝罪すればいいだけだ。いずれは姉ちゃんが結婚して子供を産んでくれるだろうから、孫は姉ちゃんに任せてさ。  そんなことを考えながら階段を上がり、自分の部屋へと向かう。 「わっ、わわっ!」  途中でつまづいて階段から転げ落ちそうになって、慌てて手摺りに掴まった。 (壱人、なんかまた馬鹿なこと言ってたよなあ……)  人ごとのように思いながら部屋のドアを開け、そのままベッドに倒れ込む。瞬間、何故だか睡魔に襲われて、仰向いてゆっくり目を閉じた。  それから何時間もしないうちに、窓から不法侵入してきた飢えた狼に襲われて安らかな眠りから覚めることになるんだけれど。  いろいろ考えすぎて思考回路がショートしてしまったおバカな俺は、不法進入者(飢えた狼)に襲われるまでそのことに気付くことはなかった。

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