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 その日の放課後。まだ学園祭の準備が終わらない壱人をほっといて、久しぶりに一人で帰る。その帰り道。壱人と一緒に帰る時には絶対に寄れない店に寄り道をした。 「確か、もう発売されてるはずなんだけど……」  いつもと反対方向に、真っすぐしばらく行った所で裏路地に入る。その店は少しマニアックなオタクの聖地とされている書店で、いつ行っても人はまばらで見知った顔に出くわす心配もない。  姉ちゃんや結木さんに買ってきて欲しいって、頼んでもいいんだけどさ。姉ちゃんは北海道の大学に行ってるし、結木さんに頼むといろいろと後が面倒だし。 「えーと……、あ。あったあった」  そんなことを考えながらいつものコーナーでお目当ての本に手を伸ばしたら、 「「あ、すみません」」  誰かも同じタイミングでその本を掴んで、誰かと全く同じタイミングで謝った。  ここに着いてすぐに周りを見渡して人がいないのを確かめたのに、その人物はとても慌てていたらしい。その場所が場所なだけに顔を上げられなくて、少し残念だけどその本を諦めて店から出ようとした。 「あれ、米倉?」  そしたら思い掛けず名前で呼び止められて、胸が跳ねる。その俺の名前を呼んだ壱人よりも少し高めだけど、男らし過ぎるほど男らしい声は、どこかで聞いたことがある声だったからだ。  場所が場所だけに恐る恐る顔を上げると、できればここでは一番会いたくない人物が目を丸くして立っていた。  この書店は特に、所謂(いわゆる)ベーコンレタスの薄い本(同人誌)や商業漫画の品揃えが豊富な店で、オタクの中でも腐女子と呼ばれる特殊な嗜好の女の子御用達となっている店だ。思春期真っ只中。健全であるはずの男子高校生二人が同時に手を伸ばしたその本は、そんな少しだけ特殊なもので、俺は慌てて店を出ようとしたんだけども。 「よう、米倉。こんなとこで奇遇だな……、あ、と。こんなとこってその」  思い掛けず顔見知りと会ったことで気が緩んだのか、目の前のイケメンはうっかり俺に声を掛け、それからすぐに口ごもった。

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