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 時間的にはもう夕飯時で、母さんが出掛けているのは本当に珍しい。ダイニングに顔を出してテーブルの上を見たら、温めて食べてねと走り書きされたメモと俺の大好物のオムライスが用意されていた。 「お、泉。帰ったのか」 「あれ、父さん。もう帰ってたの? 今日はやけに早くない?」  トイレにでも行ってたのか、父さんがスポーツ新聞片手にやって来た。 「久しぶりにどこにも寄らず帰って来てみた」  得意先から直帰したしなと笑いながらも、視線は紙面から離れない。  どうやら母さんは高校時代のクラス会があるらしく、喜び勇んで出掛けて行ったらしい。母さんが通った高校は有名なお嬢様学校で、卒業から20年以上経った今も年に何回かクラス会が開かれていた。  それにしても、父さんと二人の夕飯はすごく久しぶりだ。多分、何日かレベルの話じゃなく、何ヶ月か何年かのレベルの話だ。  夕飯はいつも母さんと二人で食べていて、たまにその食卓に壱人が混じる。父さんは夕飯が終わって俺が風呂に入っている頃に帰って来て、最近は朝以外に顔を合わせるのも珍しくなっていた。 (それにしても……)  気まずい。ってか、話題がない。オムライスのお皿にスプーンが当たるカチャカチャと言う音と、父さんが広げている新聞のガザガサという音がやけに耳につく。  決して仲が悪いわけでもないけど、特別いいわけでもない父さんとは話すことがない。しょっちゅう顔を合わせる母さんとは違って、そう言えばお互いにお互いのことをよく知らない。多分、父さんも俺のことをよく知らないだろうし、そう思ったらなんだか父さんが可哀相に思えた。  そもそも家族から父親が嫌われがちなのは、家にいる時間が圧倒的に少ないからだ。その点、母親とは長時間顔を合わせていて、おまけにうちの母さんは専業主婦でいつも家にいる。  俺と母さんは男女の性別の違いはあるけど、親密度が父さんとはまるで違う。姉ちゃんと比べると俺にはまだ同性としての親近感はあるけど、少なからず感じるよそよそしさが、居心地の悪さを感じさせるんだろう。  うちの父さんに限っては娘の姉ちゃんに嫌われてるって感じはないけど、このままでは気まずすぎる。 「このオムライス、美味(うま)いね」  思い切って言ってみたけど、 「そうか?」  父さんからの返事はそんなぶっきらぼうな一言だった。

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