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ショックなわんこ

「お前のようなものが!」  から始まった柴田くんのお話はすごく衝撃的だった。  白装束を干さないで、しかも裸のままで寝てたから、怠け者だって、怒らせちゃったみたいで。  柴田くんは白い柴犬なんだけど、黒い柴犬の黒の部分が抜けたのが白い毛で、珍しいんだけど、劣勢遺伝で。だから、柴田くんはいいお家の女の子とは結婚出来ないんだって。  それは落ちこむよね。柴田くんは優秀だから、毛の色のことさえなければ引く手あまたなんだろうもんなあ。  んで、その後に聞いた話。  オレ、本当はなんとなく感じていたんだ。わかっていたんだけど、そうだったら悲しいから、気がつかないふりをしていた。  世の中どうしようもないことって沢山あるよね。 「柴犬の名に恥じぬよう、精進するように」  柴陽先輩にそう言われて、頭を床にこすりつける。  下がっていいって言われて、オレは自分の部屋に戻された。  配給されたカリカリを部屋で食べるんだけど、あんまりおいしくない。うえっとなって、カリカリをベッドの下に隠した。  ふかふかのベッドの上に座って、カーテンの閉まっていない窓から外をぼんやりと見る。  こういう時、相部屋だったらよかったのになあって思う。  神子だからって、オレは一人部屋で。  目の前でお菓子やパンなんか食べられたら辛いもんな。それはそうで、盗み食いなんかした日には、あの禊が待ってるわけで、当然と言えば当然なんだけど。  今は一人がすごく辛い。  なんでもいいから、誰でもいいから、話、したい。  窓の外はもう暗くて、夕焼けの終わった空には星が浮かび始めている。  寂しい。  そう思った瞬間だった。  何かが窓に当たる。もう一度。  茶色いそれは、まつぼっくりだった。  なんでだろ。鳥かな。もう夜なのに?  ぼんやりと思っていると、もう一度まつぼっくりがぶつかった。  窓の側に寄ると、またまつぼっくりがぶつかる。  薄暗い外、木の側に人の影が見えた気がした。  窓を開けて、目をこらすとひゅって何かが飛んで来た。  ふわって甘い香り。  カッ、カッ。何度か床を跳ねて丸いものが床の上で静かになる。紫色の大きなあめ。はっとすると、もう一度何かが耳を掠めてやっぱり床に転がる。ふわっと、あの香りがした気がした、甘いあめに紛れて消えた誰かの匂い。  誰。  そう聞きたかった。  なんでこんなことをするのかって。  だけど、ここは柴犬の寮で、オレは神子で。  オレが声を出せば、誰かがやって来るだろう。  そして、状況を話せば、オレだけじゃなく、あめをくれた誰かもやっかいなことに巻きこまれるに違いなくて。  それはやだなあって思った。  オレのこと気にしてくれた人に、酷い目になんかあって欲しくないから。  反省室であめをくれた人。オレを気にかけてくれた人。  その誰かに何も起きて欲しくない。  ひゅんって飛んできたあめがびしって音をたてて俺の額に当たる。 「いたあ」  あわあわしながら床に転がった飴をひろいあげた。オレンジ色のそれは、何の味がするんだろう。  甘いあめの香りに紛れて立ち登るその匂い。外でかさかさと音がした。あめがぶつかったから、心配しているんだろうか。また微かな音がして、オレは窓から顔を出した。木の影からその姿が現われる。  今は真っ黒に見えるその髪には茶色のまだらがあるんだろう。薄暗くなって、あちこちに灯った明かりが、その濃紺の瞳を煌かせていた。鍛えられたしなやかな身体は、まっすぐにこちらを見ている。 『きょう』  薄い闇の中でその唇がオレを呼んだ。  すっとあがった腕がおれをさしまねく。この窓を飛び越えて、あの腕に落ちたらどうなるんだろう。影虎くんが言ったように、オレ達が婚約者同士で、ずっと一緒に居られるのなら。  そんなこと、出来るわけはないけど。  オレは、オレは。  浮かんだ涙がオレを窓から押し戻す。こんな風に泣くところを見られたくない。  窓を閉めて、ふらふらとベッドに向かって歩いた。  コンとまた窓から音がしたけど、振り向かずに歩く。  紫と、それから、オレンジ色のあめ。  ぺたりと座り込んで、匂いを嗅いだ。  もう、その香りは消えている。  喉の奥から声が悲鳴のような泣き声が漏れる。  さびしい。たすけて。  だけど、影虎くんに助けて貰うわけにはいかないんだ。  そんなこと出来ないよ。  オレはあめを拾いあげると、ライティングデスクの扉を手前に引いた。机の中の棚には、揃いの瓶が並んでいる。中にぎっしり詰まった大きい豆や小さな豆。小豆、青豆、黒豆、レンズ豆、キドニービーンズ、虎豆、紫花豆。  その端にある空の瓶にあめを入れる。  からんと音をたてて転がる二つのあめ。 「ごめんね、影虎くん」  そしてオレは自分の気持ちに封をするように、瓶の口を閉じた。

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