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ボーダーライン①

「はい、大丈夫です。......っていうか、大好き」  この男の発言に、他意はない。  コイツが大好きなのは辛口のチキンカレーであり、俺じゃない。  そんなの嫌ってほど分かっていたはずなのに、さらりと言われた言葉にまた動揺させられた。  こんな子供相手に何をやっているんだと、自分でも思う。  なのに彼と一緒に居ると、楽しくて。  そしてコイツと居ると穢れた自分まで綺麗に、新しく生まれ変われるんじゃないかって、そんな気すらした。  勿論そんなのは、気のせいで。  ......付き合ってもいない男と平気で寝る事の出来る、最低な人間だっていう事実は消せない。 「そっか。なら、良かった」  たぶん時間にしたら、数秒にも満たない沈黙。  でもその間が不自然なモノでは無かったか不安になり、こっそり彼の顔を盗み見た。  すると彼は何故か俺の事を、じっと見つめていて。  ......胸がぎゅっと締め付けられたみたいに、苦しくなった。 「どうかした?翔真」  平静を装い、視線を鍋に戻して、何事も無かったかのように聞いた。  すると彼は何故か、無言になってしまった。  だから不思議に思い再び彼の方を向くと、何故か戸惑ったように視線をさ迷わせた。  だけど次の瞬間にはもう、穏やかな。  ......でもどこか少しだけ冷めた印象を受ける、いつもの笑みを浮かべていた。 「......いえ、別に何も。  わぁ、めっちゃいい匂い!  翠さんの作る料理、ホントどれもすごく美味しいですよね」  スッと俺のすぐ横に立ち、レードルを俺の手から奪うと、そのまま軽く掬って自身の口元へ運んだ。  そして少しだけカレーを口に含み、にっこりと微笑んだ。

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