60 / 90

罪悪感②

 絶対にコイツの告白なんか断るつもりだったはずなのに、彼の甘く蕩けるような笑顔を前にすると決心が緩みそうになり、慌てて顔の筋肉を引き締めた。  だけどときめいたのは彼の言動にではなく、顔が好み過ぎるせいだと結論付けた。  ......だってそうじゃないと、困る。  こんな最低な男の事なんか、もう二度と好きになんてなりたくない。 「用意出来たら、声掛けるから。  先に洗面所、使ってくれてて良いよ」  いつも通り、そっけなく告げた。  すると彼はクククと笑い、いつもみたいに了解とだけ答えた。   ***  通勤電車内での和希の態度は、本当に普通だった。  それこそこちらが、拍子抜けしてしまうくらい。  それが気楽であるのと同時に、何処か物足りなさを感じた。  自分でもホント、なんて我が儘なんだって思うけれど。  しかしうちの会社が入っているビルのエレベーター内で二人きりになると、彼はしれっと手を繋いで来た。  こんなところをもし次の階で誰かが乗り込んできたらと思うと、振り払わなきゃって思うのに、それが出来ない。  ......この温もりを、失いたく無い。  でもそこで、ポケットの中のスマートフォンが震えた。  だから繋いでいるのとは反対の方の手で取り出し、その内容を確認すると、翔真からメッセージが届いていた。  一気に現実に引き戻され、慌てて和希の手を離す。 「例の、年下くんから?」  その声に反応し、自然と顔を上げた。  するとそこには真っ直ぐ俺を見下ろす、和希の琥珀色の瞳。  何となく責められているような気がして、慌てて目線をスマホに戻した。 「......お前には、関係ないだろ」  今までなら、笑ってスルーされていたであろう会話。  なのに彼はふぅ、と小さく吐息を吐き、言った。 「関係なく、無い。  もう連絡すんなとは言わないけど、俺だって多少は傷付くぞ?」  困り顔で、静かに微笑む和希。  こんなの、なんて答えるのが正解か、分からない。  これまでこの男にされてきた事を思えば、罪悪感なんて感じる必要はないはずなのに。

ともだちにシェアしよう!