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Worker in the Darkness Ⅰ
「今年の忘年会の幹事、ウチの班から佐竹くんと鹿野くんがやることになったから」
事務所では折々で、所員のほとんど全員が出席する飲み会が開かれることがあった。そしてその幹事は持ち回りで、班や立場関係なく、真中がクジで決めているらしい。定例会で柴田より通達があり、もうそんな時期かと堂嶋は思ったものだった。堂嶋自身は何回か前に幹事をやったばかりだったから、流石に外されているのは分かっていた。それにしても4人のうちふたりもウチの班からメンバーが選出されるなんて、どれだけくじ運が悪いのだろうと思ったが仕方がない。おあつらえ向きにふたりとも今現在、急ぎの仕事がないのが救いだった。班の飲み会くらいなら別段幹事と言ったって、そんなに仕事はなかったが、事務所全体の飲み会となると、人数も多いし結構面倒臭い作業が多いので、選出されると渋い顔をするのが最早定例だった。
「げぇー、最悪・・・俺そういや大分やってなかったな・・・」
「俺はじめてです」
「あー・・・そうか、そうだよなぁ」
「あとは西利ちゃんと織部くんだって。あんまり日がないから早く打ち合わせしとくようにって柴さんが」
「あー・・・面倒臭いと思ったけどなかなかいいメンバーでよかった。織部か・・・」
鹿野目の隣の席で堂嶋のそれに返事をしながら、独り言を呟くみたいに佐竹は言った。夏目班の織部は、中途採用の佐竹と同期扱いで、一緒に合コンに行くくらい、そこそこ仲が良かったから安心した。変にメンバーの中に管理職が混ざっていたりすると、それこそ忙しいからと言って仕事を丸投げされることもあるらしいので、そういう意味では皆所員で良かったのかもしれない。西利も鹿野目も佐竹から見れば後輩なので、扱いに困るなんてことはなさそうだった。毎回幹事をすると誰かがどこかで揉めているようなので、今回はその心配がなさそうでこれでも一応、平和主義者の佐竹はほっとする。
「織部さんって佐竹さんの同期ですよね」
「んー、まぁそんな感じ。俺中採だから同期ってほんとはいないんだけど」
「あぁ、そうでしたね。俺あんまり話したことないです」
「適当だけど悪い奴じゃないよ、織部は」
「佐竹くん、西利ちゃんにくれぐれもセクハラしないようにね!」
離れた席から堂嶋がそう声を張り上げるのに、佐竹は隣の鹿野目が聞いていて分かるくらいの適当な返事をして、また開いたままのパソコンに目を戻した。
定時を過ぎてから退勤処理をして、あらかじめ鹿野目が予約を取ったと言っていた会議室に入る。忘年会の幹事は仕事ではないので、時間外にこうして集まって話を詰めなければいけなかった。こういうことが、きっと揉め事の大いなる要因になるのだろうと思いながら、誰もそれを真中に提案できていない。会議室に入ると鹿野目が端に座っていて、デスクから持ってきたのかパソコンを開いて何やら作業をしていた。西利と織部はまだ来ていないらしい。考えながら、鹿野目の隣に腰を下ろす。
「ふたりまだ?」
「もうすぐ来ると思います。ふたりとも内勤らしいので」
「あぁそう・・・」
律義に二人の予定まで確認しているらしい鹿野目が答えるのを聞きながら、そんな的確な答えがまさか帰って来るとは思っておらずに、佐竹は小さく欠伸をした。すると会議室の扉がノックされて、そこが控え目に開くと、西利が顔を覗かせた。
「おぉ、西利ちゃん!いらっしゃい!待ってたよー福眼!」
「タケさんお疲れ様です」
座ったばかりの椅子をがたがた言わせながら佐竹が立ち上がって言うのに、西利は渋い顔をしてそう言うと、会議室を大回りして鹿野目の隣にすとんと腰を下ろした。
「え、なんでそっち座るの?俺の隣空いてるよ?隣おいで!」
「やですよ、もー。それより鹿野くん一緒で良かったー。安心した!」
「俺も先輩ばっかりだと肩凝るから西利がいてよかった」
「オイ!俺を差し置いてラブラブすんな!」
佐竹がふたりを指さしてそう言った時、今度はノックなしで扉が開いて、メンバーの最後のひとりである織部がそこから入ってきた。今日もちゃんとスーツを着ている織部は、なんだかあんまり機嫌が良さそうでなく、入って来た時から疲れたような顔をしていた。
「おー、織部、お疲れ」
「お疲れ、はぁ、ほんっとにくじ運」
言いながら佐竹の正面に座った織部は、ちらりと隣に座っている鹿野目と西利を見やった。
「堂嶋班の鹿野目です、よろしくお願いします」
「あ、私・・・波多野班の西利です。よろしくお願いします」
「あぁ、どうも」
面倒臭そうに口先だけでそう言って、織部はネクタイのノットに指を突っ込んで、それをぐっと下げるようにすると簡単にネクタイが緩まった。面倒臭いのは皆言わずとも心内に隠しているのだが、そんな風にあからさまにされると閉口してしまう。鹿野目は隣に座っている西利が助けを求めるみたいにちらりと見てきたのが分かったけれど、鹿野目だって織部とはほぼ初対面みたいなものだったし、どう扱っていいのかよく分からなかった。ここで頼れるのが佐竹しかいないのが情けなかったけれど、佐竹でもいてくれてよかったと思った。証拠に佐竹は、織部の不機嫌など気にする様子なく、いつものようににこにこ笑っていた。
「なんなの、織部ちゃん。機嫌悪いね」
「こんな金にもならねぇ仕事を喜んでやる奴がいるかよ。俺はやく帰りたいのに」
「えー、なんか用事あんの?合コンか?ナース合コンか?」
「もうナースはいいわ。最近のナースは全然ミニスカじゃないからつまんねぇ」
あははと佐竹が声を上げて笑ったが、隣の西利は完全に顔を強張らせているし、困ったなと鹿野目は思ったけれど、鹿野目にはどうしようもなかった。
「すいません。やることって、全員分の出欠確認と場所の確保と、あとは当日の仕事ですよね」
「あぁ、うん。鹿野、お前去年の幹事記録もう読んだの?すごい、相変わらずできる子だなーよしよし!」
「撫でるのやめてください。じゃあ取りあえず所内メールで出欠確認するのでいいですか。人数決まらないと場所は確定できませんが、一応前回の幹事さんにおすすめ聞いてきたので、その中から選ぶ感じでいいでしょうか」
「いいんじゃない。まぁ店なんてどこでもいいしさ。皆飲めりゃいいんだからさ」
「じゃあそれで、話纏まったし俺帰るな」
「え、織部ちゃんもう帰んの」
座ってまだ数秒しか経っていなかったけれど、織部はひょいと立ち上がって踵を返そうとする。幹事記録を捲ろうとしていた指を止めて、佐竹がその半身に声をかけると、ぴたりと織部は止まった後、くるりと振り返った。相変わらず、表情は曇っていて不機嫌そうだった。
「お前のできる後輩に任せとけよ、俺することなさそうだし」
「えー、なに僻んじゃってんの?やめろよー、ほらお前も撫でてやろうか!モテると困っちゃうなぁー」
「やめろよ、タケ。ほんとうざい」
「いや、でもさぁ、後輩に全部やらせたってなったら流石に外聞悪くねぇ?」
「外聞なんて気にしてんのお前だけだよ、ばーか。じゃ」
「あ、馬鹿って言った!くそおりべ!夏目さんに言いつけるからなー!」
佐竹は一応腕を取ってみたけれど、そこからするりと織部は逃げ出すみたいに会議室を出て行ってしまった。本当に帰るとは思っていなかったと思って、佐竹はひとつ溜め息を吐く。くるりと振り返ると鹿野目はパソコンで既に所内メールを作っており、その隣で西利はそれしかすることがないみたいに、幹事記録を読んでいた。仕方なく佐竹は椅子に戻ってそこにすとんと腰を下ろした。
「織部さんってあんな感じなんですね・・・なんか感じ悪い・・・」
「いや、西利ちゃん。多分織部は今日なんか機嫌悪かっただけだよ、いつもはもっといいやつだよ」
「えー・・・ほんとですかぁ・・・?」
訝しがるように西利がまた渋い顔をするのに、できるだけにこやかに答える。そう言えば、織部と話すのも久々だったような気がすると、佐竹はぼんやりと考えた。最近仕事が忙しくて飲みに行く暇もなかった。また合コンでもいいけれど、徳井も誘って三人で飲み会でもしようと思いながら、年中凝っている肩を回す。織部は大学時代から有名な合コン狂だったらしく、織部に頼めば合コンのセッティングをしてくれるので、徳井とふたりでその恩恵に預かっては女の子と楽しく飲み会ばかりやっていたこともあったが、最近はそんな息抜きもできていない。織部が不機嫌そうなのもそういう理由なのだろうと、佐竹は勝手に考えていた。
「佐竹さんメールできました。見てください」
「お前はお前で全然気にしてねぇのが逆に怖い、見るけど」
「やる気のない人に水差されるのも嫌なので。お願いします」
「お前それ絶対織部の前で言うなよ、これでいいと思います」
言いながら、こちらを向けられていた鹿野目のパソコンを鹿野目の前に戻す。愛想の悪い鹿野目は、雑談することもせずに淡々と仕事をこなすから、織部が言うように任せてしまっても大丈夫なのだろうという安心感が確かにあったけれど、鹿野目も西利も幹事をやるのははじめてだと言うし、自分が管理職で他の仕事で首が回らないと言うのならともかく、そうではないのだから、織部のように図太くはなれないと、調子のいいことは言うけれど、結局気の弱い佐竹は思った。
「じゃあ取りあえず、それ回して出欠取るか。絶対返信して来ないやついるから、そいつらには直接聞きに行ったりしなきゃいけなくなると思うんだけど」
「分かりました。送信しておきます」
「あぁ、うん。西利ちゃん、なんか女子目線でごはんのリクエストとかあるんだったら聞いといて。お店選びの時参考にするし」
「あ、はーい。リサーチしときます」
「じゃあ今日はこれでいいか。織部ちゃんも帰っちゃったしな・・・」
言いながら佐竹は、あははと珍しく力なく笑った。
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