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Worker in the Darkness Ⅲ

堂嶋は最近少しだけ機嫌がいい。いつものように柴田とまた組まされて仕事をしているみたいだったが、それがどうやら順調なようで、帰ってくるのもいつものことを考えると1時間は早い。そうは言っても、今日も鹿野目のほうが先に帰っていて、冷たくなった部屋を丁度暖めていたところに、玄関が開く音がして、鹿野目はリビングを出て堂嶋を迎えに行く。いちいち来なくていいよと堂嶋は笑って言うのだが、鹿野目のほうが堂嶋のことを独り占めする時間が一秒でも長く欲しかったので、好きでやっているんですと言うと、堂嶋は仕方なさそうに笑って頬を赤くして俯いていた。その日、玄関で堂嶋は革靴を脱ぎ捨てるようにすると、外が寒かったのか赤くなった手を擦り合わせながら、やや早足で部屋の中に入ってきた。堂嶋がマフラーを取ってコートを脱ぐのに合わせて、鹿野目はそれをハンガーにかけるとコートラックにかけておく。 「さとりさん、お帰りなさい」 「ただいまー、今日一段と寒かったね!」 言いながらまだ手を擦っている堂嶋にふっと近寄ると、堂嶋は鹿野目が何をするのか分かったみたいに、すっと忙しなく擦っていた手を下ろして、ややあってから目を閉じた。鹿野目はそれに触れるだけのキスをする。触れる瞬間に堂嶋は睫毛を震わせて、唇が離れるとそっと目を開けてまだ至近距離にいる鹿野目のことを見上げると、息だけで笑って鹿野目のことをぎゅっと抱きしめた。 (やっぱり機嫌良いな、さとりさん) 外の冷たい空気をまだどこか纏ったままの堂嶋を抱き返しながら、鹿野目は考える。堂嶋は毎日仕事に忙殺されている割には、仕事のことは好きなようで、結局なんだかんだ言って仕事が一番なのだろうと思う。こんな風にむやみやたらに嫉妬する鹿野目のことを、堂嶋は多分知っている。 「今日ご飯なに?」 「今日はビーフシチューにしました」 「わぁ、おいしそう。君はほんとにやればなんでもできるから俺は怖いよ」 「どういう意味ですか?」 首を傾げると、堂嶋はそれには答えないでただまた可笑しそうに笑った。堂嶋の食生活のことを考えて、料理をするようになったのは二人で住み始めてからだったけれど、凝り性の鹿野目はやりはじめるとそれはそれで意外に楽しくて、最近は料理本を買ってひとりで研究しながらレパートリーを増やしている。堂嶋はなんでもおいしいおいしいと言って食べてくれるので、作り甲斐があった。だから鹿野目はより一層凝るようになるのだが、堂嶋はそんな鹿野目を見てそんなに頑張らなくていいんだよと少しだけ申し訳なさそうに言うのだ。鹿野目はそうやって堂嶋が申し訳なさそうな顔をする理由が分からない。 「そういや鹿野くん、忘年会の準備進んでる?」 「・・・あんまり」 「ほんとに?柴さんが心配してたよ、何かあったら手伝うから言ってね」 そういえば喫煙所で柴田と会った時も、柴田は同じようなことを言っていた。鹿野目はそれを思い出しながら自分で作ったビーフシチューを食べた。そうは言うものの、堂嶋だって自分の仕事が順調といえども、別段暇をしているわけではないのだから、頼めることは限られている。一応、堂嶋班から選出されているメンバーが、鹿野目と佐竹でふたりもいるから、柴田もお前がちゃんと状況確認してやれとか何とか、堂嶋に釘を刺したのだろう。相変わらず柴田は心配性である。 「さとりさん、織部さんってどんなひとですか」 「織部くん?夏目班の子でしょ?あのいつもスーツ着てるかっこいい子」 「・・・かっこいい」 「あ、ごめんうそうそ!上手くいってないの?」 「・・・西利のことが気に入らないみたいで、今日、ぶっ殺すと言われました」 「え?」 まさか堂嶋はそんな単語が飛び出すと思っていなかったようで、驚いてスプーンを取り落としている。鹿野目はその時のことを自分なりに何度も考えているけれど、どう考えてみても西利があそこまでひどいことを言われるようなことはないはずである。また同じようなことがあれば、今度は理不尽であると指摘しなければいけないと思いながら、もう同じことはないに越したことはなかった。佐竹は適当だけどいい奴と織部のことを評価していて、佐竹のことは、口調は軽いが信用できる先輩であると鹿野目は思っていたから、その評価は正しいと思いたいけれど、今のところ鹿野目の中で織部は仕事を押し付けた挙句、わけの分からないことで怒鳴り散らす嫌な先輩でしかない。鹿野目にも一応常識の範囲での人の好みというのはある。 「なにそれ?なにがあったの」 「何なのか俺にはよく分からないんですが。天海さんにちょっかい出したらぶっ殺すって。そういえばなんで天海さんが出てくるんだろう」 「・・・あー・・・」 堂嶋はそう言えば、西利が鹿野目にふられた後、天海に壁ドンされたとかなんとかで、今は天海に熱視線を送っていると言う話を藤本から聞いたことがあったなと思い出していた。織部のことはよく知らなかったけれど、天海は同じ管理職だから顔を突き合わせる機会も多かった。けれど天海班とは相性が悪いと思われているのか、仕事で一緒になることはほぼなく、天海本人は物静かで自己主張の少ない人であったから、何か特別プライベートなことで話をしたりしたこともなかった。ただ鬼のように仕事が早いひとらしく、天海は管理職なのに定時上がりをベースに、ほとんど残業をしないようで、いつも発狂寸前になりながら仕事に忙殺されている自分とは、住む世界が違うのだと唇を噛んで思うことがあった。 「織部くん、天海さんが好きなのかな?」 「・・・すき?織部さんは俺の目から見たら完全にノンケだと思うんですが」 「んー・・・まぁそうだよねぇ。織部くんふつーにかっこいいし、女の子にモテそうだもんねぇ。佐竹くんが柴さん好きなのとおんなじじゃない」 「かっこいい・・・」 「あぁ!ごめんごめん!うそ!」 思い出したように呟く鹿野目の前で手を振って、堂嶋は取り繕うみたいに笑った。織部のことはよく分からないが、佐竹と徳井とよく合コンに行っているらしい。その時の写真を見せられたことがある堂嶋は、お酒で赤くなった頬でピースをする織部の砕けた表情は、そういうことの楽しみ方を知っている人間だと思う。合コンなど一度もしたことがない自分とはまた、住む世界が違うのだろうなぁと思った。そんな風に明るくて愛想のいい織部と、物静かでクールな天海はそれこそ全く相性が良くなさそうなのに、意外と天海も面倒見が良いところがあるので、懐かれて面倒でも見ているのだろうか。堂嶋は考えてみたけれど、真相はよく分からなかった。けれど何らかの形で行動派の西利の起こした行動が、織部は気に入らなかったのだろう。 「俺、あんまり織部さんのことは好きじゃありません」 「・・・珍しいね、鹿野くんがひとのことそんな風に言うなんて」 「織部さんって学生時代とか、ヒエラレルキーの頂点にいたようなひとじゃないですか。俺は全然違ったので、そういうのにコンプレックスがあると言うか。なんていうか、ああいう理由のない暴力性みたいなもの、苦手です」 少し俯いて鹿野目がそう言うと、堂嶋はそれを聞きながら、何故か優しく微笑んでいた。そして顔を上げる鹿野目の頭を、手を伸ばしてぽんぽんと撫でた。堂嶋はそういう種類の弱みを晒せば優しくしてくれたから、鹿野目は時々それを利用するみたいなことがあって、そういうことをすればそれが後で罪悪感に変わるのが分かっているのに、やっぱりまた同じことをしてしまったと、堂嶋の優しい表情を見ながら思った。 「鹿野くんは優しくて素直でいい子だ。ヒエラルキーの一番上になんて立たなくたって、今のままで十分素敵だよ」 「・・・さとりさんその、素直っていうの。なんか俺、あんまり嬉しくありません」 「そうなの?なんで。いいことなのに」 「なんか何にも考えてないみたいで嫌だから」 「そうかな?じゃ何がいい?なんて言ってほしい?」 「なんでも。悟さんがいいならなんでも」 「それじゃ素直のままだ」 「・・・だからそれは嫌なのでそれ以外でお願いします」 「あはは」 堂嶋が声を上げて笑うのを見て、鹿野目は簡単に安心する。本当は誰になんて言われたって構わないし、誰に何と思われても構わなかった。堂嶋がそうやって笑って時々頭を撫でてくれたら、それで自分は十分に満足できるのだ。そのことを鹿野目はよく分かっている。

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