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Worker in the Darkness Ⅳ

「タケさんちょっといいですか」 翌日、昼休みに珍しく西利が青い顔をしてやってきたので、佐竹は徳井と外で昼ご飯を食べようと思っていたが、カバンを持ったままデスクから動けなくなる。 「悪い徳井―、俺西利ちゃんとランチデートするからお前ひとりで飯食え」 「悪いで済ますなよな、それを。西利、お前セクハラされても文句言うなよ」 「・・・はぁ」 渋い顔をして徳井は西利に指をさしてそう言うと、ひとりで席を離れて行ってしまった。それに適当に返事をしながらちらりと佐竹の隣の席を見ると、鹿野目は煙草でも吸いに行っているのか、そこには座っていなかった。丁度良かった、鹿野目には聞かせられない。 「で、どうしたの、西利ちゃん」 「・・・ちょっと昨日タケさんいない間に色々あってぇ・・・」 視線を彷徨わせながら、西利は鹿野目が帰ってこなさそうなので、勝手に鹿野目の席に腰を下ろした。佐竹も鞄を下ろして自分の席に座り直す。本当は佐竹にも頼りたくはなかったけれど、鹿野目に頼るわけにもいかないので、消去法でこんなことになっている。もとはと言えば自分が悪いのだがと思いながら、西利は小さく溜め息を吐いた。昨日の今日で、ストレスが胃にきているので、自分はお昼を抜いても構わなかったけれど、佐竹はご飯を食べに行くと言っているし、外に出たほうが良いのだろうかと思いながら、面倒臭くて動く気になれなかった。そして多分佐竹は、困っている自分を置いて外にひとりで出ていくほど、薄情ではないはずだった。そういうところに佐竹が自分に持っているらしい好意に、つけ込んでいると言えばつけ込んでいるし、利用していると言えば多分利用していた。多分、織部が言っていたのはそういうことの延長なのだろうなと自分でも予測がつくから嫌だった。 「昨日、鹿野くんがメールの集計上げて、織部さんに見てもらおうと思ったんですよ・・・」 「え、もう集計したの?アイツはええな相変わらず」 「話聞いてくれると思ったら、織部さんすごく怒ってたんですよ、機嫌悪いレベルじゃなくて」 「織部が?」 佐竹が首を傾げる。西利は織部のことをよく知らなかったけれど、そんな風に感情的になるタイプにはとても見えなかった。鹿野目が言っていたように、低温という言葉がよく似合う。先輩や管理職には愛想はいいけれど、どこかそれは表面的な熱で、織部自身はすべてのことを何となく無難な形でまとめてきて、良くも悪くもないという評価を自ら欲しがっているように見える、というのは波多野班にいた須賀原の意見だったのだが、西利はむしろただやる気がないだけなのではないかと、そのスーツの背中を見ながら思った。 「私が悪いんですけど・・・」 「え、西利ちゃん何かしたの?織部、滅多なことで怒ったりしないと思うけど」 「いや・・・わたし・・・」 西利は声を潜めてから、これを佐竹に言うべきかどうか考えた。この男の好意が果たしてどれくらい信憑性があるのかよく分からないが、頼ればそれなりに動いてくれるので、今それを失って軽装備になるのは辛いなと思った。けれど織部と佐竹は仲が良いようだし、結局別ルートで耳に入るくらいなら、自分で言ってしまったほうが良いかと思い直して西利はまた声を潜めた。 「私、天海さんのこと好きなんです」 「・・・あまみさん?」 「それで一回ごはん行きましょうってアマさん誘ったんですよ。まぁ矢野さんにおとといきやがれって追い返されましたけど・・・」 「何それすげぇ面白いじゃん・・・!」 「面白がらないでくださいよぉ、で、なんでか分かんないけど昨日、織部さんすごく怒ってて、天海さんにちょっかいかけたらぶっ殺すって言われたんですよ・・・ひどくないですか」 「あー・・・」 言いながら佐竹はキャスター付きの椅子に背を預けて、少しだけ肩で笑った。天海のことが好きだと言った時に、もっと大袈裟にリアクションをするかと思ったけれど、佐竹は不自然なほどいつも通りだった。結局佐竹の好意など、誰かを喜ばせるためのアクセサリーでしかないことは分かっていたけれど、それにしてもそんなものにわざわざ選ばれている自分のことはどうやっても好きになれそうもなかった。西利が好きだと言っておけば円滑に回る社会、における自分の意味とは一体何だろうと、考えてしまう。 「アイツ、アマさんのこと好きだからなぁ」 「・・・好きって何ですか、だってふたりとも男なのに」 「俺が柴さんのこと好きなのと一緒じゃん?俺と徳井は柴田派なのに、アイツだけ入社当時からずっと天海派で譲らないんだよなぁ。まぁ俺もアマさん綺麗だし嫌いじゃないんだけどかわいげがないっていうかさー」 「別にそんなのどうでもいいんですけど、なんでそんなことで私が怒鳴られなきゃいけないんですか・・・デートに誘うくらいいじゃないですか。付き合ってるわけでもないのに」 佐竹の柴田へのそれが、西利への好意と同じみたいに、口先だけのネタであることは、もう皆分かっている。言われている柴田ですらそれを自覚している。けれどあの時の織部の顔は本気だった。西利は鹿野目を盾にしながら、意外とちゃんと冷静に織部のことを観察していて、そしてそれが冗談の類ではないことを確信した。そうしたら余計にどうして織部がそんなことで本気になって怒っているのか分からなくて、混乱することになったのだが。それをこうして危険を犯して佐竹に聞きに来ているのだが、どうやら佐竹もよく知らないらしく、結局ただ自分の身を削っただけだったと思い後悔した。しばらく佐竹には天海をネタに強請られるに決まっていた。 「まぁ西利ちゃんおっぱいおっきいしかわいいからさぁ」 「・・・セクハラですよ」 「まともに遣り合ったら敵わないって思ってんだよ、織部はさぁ。最近やっと念願かなってちょっと構ってもらえてるみたいだし?それで怒ってんだって、別に西利ちゃんが悪いわけじゃない」 言いながら佐竹は少し首を傾げるようにして、にこりと笑った。確かに西利が声をかけに行った時、肝心の天海ではなく矢野が苛々した様子で俯いたまま、最近織部といい西利といいアマさん変な後輩に掴まりすぎと零していたのを、西利はぼんやりと思い出していた。でもそれにしてもあんな風に一方的に怒鳴りつけるなんて、やり方がまるで子どもでスマートでない。そんなことをする権利は織部にはないはずだし、そんな風に怒られる筋合いが自分にないことは明白だった。 「っていうかホント、西利ちゃん肉食系だよなぁ、あのアマさんをデートに誘うなんて。俺怖くて絶対無理だわ」 「肉食系じゃないです。私はただ素直に恋愛してるだけです」 「あはは、でもうまくいけばいいよな。応援してるよ」 そうやって明るく笑って言いながら、佐竹はぽんぽんと唇を曲げる西利の肩を叩いた。それを聞きながら、西利は眉を潜めた。 「タケさんって私のこと好きなんじゃないんですか?」 「え、好きだよ。おっぱい触らしてほしいくらいには」 「だからセクハラ・・・。そうじゃなくて、私がアマさんのこと好きでそれでいいんですか。やじゃないんですか」 「えー、だって俺が言ったって、西利ちゃん別にアマさんのこと好きじゃなくならなくね?そういうの無駄だし。アマさんはまぁちょっとだいぶ難しいと思うけど、悪い人じゃないと思うし。悪い人だったら止めるけどね、俺はね?」 「・・・タケさんってそうゆうとこありますよねぇ、なんか優しさが過ぎるっていうか。女はもうちょっと強引なほうが好きですよ、たぶん」 「じゃあ俺が西利ちゃん、アマさんなんてやめて俺にしとけよ!って言ったら俺にしとくの?」 「しないけど」 言いながら見上げると佐竹はほらねと言いたそうな顔で笑って、西利のことを見ていた。それに何も言い返すことができない西利は黙ってすっと視線を下げた。

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