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嘘吐き夜を目指す Ⅵ

開始早々、胃がキリキリして顔色の悪い須賀原の頑張りのおかげで、とりあえずテーブルにはお酒と料理が運ばれてきて、やっと食事会らしくなってきたと、須賀原は一人でほっとしていた。織部が茶化すみたいに言った高い懐石の味は、西利でなくてもよく分からなかったが、高いようであったし、なんにせよ天海の奢りなのでありがたくいただくだけいただいた後は、早々に退席したいと思ったけれど、なんとなくそれが無理な願いであることを、須賀原はたぶん頭のどこかで分かっていた。 「アマさんってどんな女の子がタイプなんですか?」 酔っぱらっているのか何なのか、赤い顔をしてにこにこ笑いながら西利が急にそんなことを言い出して、須賀原は食べたものを吐き出すかと思ったけれど、そういえばこれは天海と西利の西利側から見たらデートなのであって、多分西利は天海と仕事の話をしたいわけではないし、織部と喧嘩したいわけでもなかったし、天海とこんな話をするために、多分今日ここに座っているのだ。 「は、お前なに聞いてんの」 「織部さんには聞いてませーん、黙っててくださーい!」 「あー、分かった分かった、俺が代わりに答えてやる」 「織部さんのタイプはどうでもいいです!聞きたくありません!」 「俺の好きな子は綺麗でー煩くなくてー、胸に邪魔な脂肪がついてなくてー」 「あー、貧乳が好きなんですね!だから私を目の敵にして!」 「えーっと、あとはエロい子」 「さ、最低・・・!」 「えー、皆そうじゃん?すがちゃんだってそうだろ?な?」 「俺に話を振らないでくれ・・・」 折角いないふりをしているのにと思って、須賀原はそっと斜め向かいに座る天海のことを盗み見た。天海は目の前で不毛に繰り広げられるふたりの会話と自分が、まるで無関係みたいな顔をして、今日はジントニックではなくて日本酒を飲んでいた。矢野が時々天海班の飲み会を開くけれど、その時は天海は店の隅の席に座って、自分はあまりしゃべることはなく、ただお酒をハイスピードで飲んでいる。そうしてそこから他の皆が楽しそうにしているのを、ただ眺めている。 「アマさん!織部さんは大学の時に合コンばっかりしてて彼女をとっかえひっかえしてたって聞きました!そんなの良くないですよね?最低ですよね?」 「えー、別にいいじゃん、そんなの。そんなの昔の話だしー、今は一途だし?それともなに、俺がモテモテだったのが気に入らないの?」 「くっ・・・この余裕がムカつく・・・!」 「お前うざいからさっさと帰れよ、いい加減」 「帰りません!織部さんこそ邪魔なんですよ!帰ってください!」 「うるせーうるせー」 言いながら織部はあははと笑って、赤い顔をしてビールを飲んだ。西利はたぶん本気で織部に対して苛ついているみたいだったが、織部のほうは自分のほうが優位だということを知っているせいなのか、そんな風に口では西利を冷たくあしらいながら、どこか今の状況を楽しんでいるように見えた。コミュニケーション下手の天海とは違い、織部はその軽くて明るい雰囲気で、どちらかと言えば多分、そういう能力には長けているように見えた。織部は大学時代、女の子に勿論モテたが、そんな風に女の子をとっかえひっかえしていた割には、恨まれるようなことも少なく、男の友達も多かったように思う。大学時代、織部のことは明るくてチャラくて苦手だったけれど、どこかそういう自分にはないものを持っている織部のことが、本当はどこかで羨ましかったのかもしれないと、須賀原はその時、昔のことを思い出しながら少し笑った。 食事会もそろそろ終盤かなと、須賀原が腕時計をちらちら見始めた頃、不意に天海が立ち上がった。 「ちょっとトイレ行ってくる」 「あ、はーい」 そうして個室から天海はふっと出て行ってしまった。そういえば、天海は食べたり飲んだりしているだけで、ほとんど会話らしい会話をしていなかったけれど、今日のそれは天海にとって楽しい時間だったのかなと、天海が完全にその場所からいなくなってしまってから、須賀原はどうにもできなかったけれど、ひとりで反省した。天海のことは多分、自分にとっては直属の上司である以外の関係はない人だったが、矢野が必要以上に天海のことを心配したり信頼したりしているみたいに、班にはそれぞれグループ意識みたいなものがあって、須賀原はたぶんそれに毒されているだけだと思っているけれど、そうやって言葉みたいに直属の上司であるという現実以上に、天海のことを自分も矢野みたいに心配しすぎてしまっている自覚はあった。天海はそんなことはもう必要ない、大人であることは十分承知しているつもりだったけれど。 「織部さん!ほんっともうなんなんですかぁ!私がアマさんと付き合うのがそんなに嫌なんですかぁ!」 「はぁ?お前なに勘違いしてんの?お前が天海さんと付き合えるわけねーだろ、ばーかばーか」 「馬鹿じゃないもん!お、織部さんこそ!私の邪魔なんかしたってアマさんと付き合えないんだから!」 「えー?そうかなぁー?」 「・・・お前らもういい加減にしろよ・・・あんまり煩くすると店にも迷惑が・・・」 頭の痛い須賀原が、溜め息を吐きながら今日何度目か分からないが、ふたりをそうやって宥めた時、織部がすっと個室の扉のほうを見やった。誰か店員でも来てしまったかと、須賀原もそちらに目をやるが、天海が閉めた扉がそこにはあるだけで、静かなものだった。 「・・・おりべ?」 「あ、うん。俺もちょっとトイレ」 「もうそのまま帰ってください・・・!」 「うるせー」 さっきの須賀原の話を聞いていたのかいなかったのか、握った拳でテーブルをどんと叩いて、恨めしそうにそう言う西利に向かって、織部はあははと笑いながら一応悪態だけをついて、そのままひらりと個室を出て行ってしまった。そうして織部が出て行ってしまうと、妙に個室の中は静かだった。 「はぁ、もう、ほんとさいあく・・・」 西利の声にならない声を聞きながら、全くそうだと須賀原は心の中で思った。もっとも、須賀原は織部に無理矢理ここに連れてこられた時から、こうなることを予想していたけれど。 「ほんと何がしたいだろ、織部さん。私のことがそんなに嫌いなんですかねぇ・・・」 「うーん・・・西利は別に悪くないよ」 相手が悪かっただけで、織部だって天海が絡まなければ西利のことなんて眼中にないはずだったし、きっとこんな風にいじめたりはする必要がなかった。しかしそれを西利に言うわけにもいかずに、須賀原は曖昧なことだけを言って、間を埋めるみたいに残っているビールを飲んだ。織部もそうだけれど、西利もきっと学生時代はこんなに泥臭く誰かと争わなくても華やかな生活をしていたのだろうと、その自分が愛される存在だとまるで分かっているかのような小花柄のワンピースを見ながら、須賀原はまた自虐的に考えてしまった。天海はどうなのだろう、須賀原はふと考えてもう天海がいなくなってしまった席を見つめた。天海は美しい人だったから、きっと学生時代もモテたりしたのだろうなぁと思ったが、織部や西利みたいな人生を謳歌していたグループとは少し違うような気がした。それとも天海だって学生の頃は少しくらい羽目を外して遊んだりしたことがあったのだろうか。とても今の静かなクールビューティーからは想像できなかったけれど。 「うう、私はただ、高収入イケメンとどうにかなりたいだけなのに」 「そういうの大声で言わないほうがいいと思うぞ」

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