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嘘吐き夜を目指す Ⅸ
織部が自分のスラックスのベルトを外していると、天海がふっと振り返ってこちらを見る気配がして、すっと視線を上げると天海はまだどこか冷静な面持ちで、織部のことを見ていた。何か言いたそうな顔だなと思いながら、後ろ手を引っ張って天海の赤くなっている割には温度のない頬にキスをした。天海は唇へのキスが好きではなかったから、織部は時々、そこを外すみたいにキスをすることを余儀なくされる。まるで性欲と愛情は別物と思われているみたいで嫌だったけれど、もうそれにも慣れてしまった。
「なに、天海さん」
「・・・いや」
その時天海は何かを言い淀んで、口を噤んだ。天海はいつも端的で率直な人だったので、そうやって言葉を濁すことをほとんどしなかったけれど、たまにそんな風に自分の中で逡巡していることがあった。織部はそれを聞いたほうがいいのかどうか、考えるべきだと分かっていたけれど、もうそんな余裕は自分の中になかった。洋式トイレに足を開いて座ると、何にも言わなくても天海が向かい合う形でその上に座ってくる。多分自分の中には余裕はないが、天海の中にもそんなものはなかった。
「広げれる?自分で」
「ん・・・」
狭い個室の中では、いつもやっているみたいなことが上手くいかない。織部がどろどろに解した後ろ孔を天海が自分で拡げるのに、織部はその入り口に自分の勃ち上がったものを押し当てた。ごくりと天海の喉が鳴る音が聞こえてきた。そのまま天海が腰を下ろすと、中は熱くて狭いのにそれはずぶずぶと呆気なく飲み込まれていく。その容易さにはいつも驚かされる。
「あっ・・・んんっ・・・」
「ん、っ、全部、入った」
「はぁっ・・・ん」
織部が動くよりも先に、天海が耐えられないみたいに腰を揺らす。まだ奥まで引っ張り込もうとしているみたいだと、それを見ながら織部はいつも思う。
「あま、み、さん、やば、いって。ほん・・・っと」
「あっ、んん、も、もっと・・・っ」
「こんな、すぐ、銜えこんじゃって、さぁ・・・オンナンコ、じゃん」
「ん、あ、っそこ、そこ・・・!」
体を揺らしながら仰け反る天海が、そのまま自分の膝の上から落ちてしまうのではないかと、織部は心配になって手を引いて、前からぎゅっと抱き締めた。抱き締めると丁度唇の近くにくる、天海の腫れたピンク色の乳首をぺろりと舐めてやると、また中がぎゅうっと締まって痛いほどだった。
「はは、こんな、ん、じゃ、西利と、んっ、にもできねぇ、な、あまみさん」
「ん、あっ、あぁ、もっと、お、く・・・っ」
「メス同士、なに・・・、女子会でも、ひらくわけ・・・っ」
「あっ、いい・・・ああっ」
織部の肩に置かれた天海の手が、ぎゅっと織部の肩の肉を掴んで、また天海が腰を揺らして織部のそれを奥まで招き入れようとしている。織部も天海の細い腰を掴んで、天海が喜ぶところを突いてやる。そうすると中がうねってなんだか全部持っていかれそうな気になる。
「にし、り、には、さ、これ、ついてないんだよ、あま、みさんの好きなこれ」
「あっ・・・んんっ・・・お、くっ」
「おれ、のが、いいで、しょ。ねぇ」
「いい、あっ、もっと、あんっ」
それは多分返事ではなかったけれど、織部はそれを聞いて、少しだけ気分が良かった。本当に自分でも、どうしようもないとは思うけれど。天海が半開きの口から赤い舌をちろちろと覗かせて、織部の太ももの上で体をくねらせながら、酸素を欲しがっている。それを見て咄嗟にキスがしたいと思ったけれど、そこまでは少し遠くて、いつもの無表情が快楽にだらしなく歪んでいるのを見ながら、織部はもう一度天海の腰を引き付けて、つんと上向きになっている天海の胸の突起を口に含んだ。
「あ、んんっ、かん・・・で・・・ぁ」
噛んで、と天海が言うので、熱に浮かされたまま、織部は天海のそのピンク色の突起を噛んだ。すると中がぎゅっとまた締まって、あ、と織部が思った瞬間には、そのまま中に果てていた。見れば天海も織部のシャツの上に、白濁をまき散らしている。
「あまみさん、乳首、噛まれてイっちゃったの」
「・・・ん」
果てた後の倦怠感で、天海はどこかぼんやりした目のまま、その時ばかりは織部に大人しく抱かれて、糸が切れたみたいに急に無口になる。自分の肩に額をくっつけて、じっとしている天海のことが可愛くて、その背中を撫でながら、なんでもう少し優しくできないのだろうと少しだけ自己嫌悪する。こんな風に人を好きになったことがないから、どんな風に優しくすればいいのか分からないし、どんな風に大事にすればいいのかも、本当はよく分からない。天海が何も言わないからこそ、織部はいつもその行きすぎてしまう自分にいつブレーキをかけたらいいのかいつまで経っても分からない。その癖、見たものすべてに嫉妬したりして、いつでもどこでもスーパークールな天海とは違って、自分はこどもでどうしようもないことは分かっているけれど、それでも次の瞬間に、織部は焦燥するのを抑えることができない。もうそれは発作みたいな感覚で。
「・・・あまみさん、ごめん、俺中に出しちゃった」
「・・・んー・・・」
なんとなく織部のそれに返事をしているつもりなのかもしれないが、天海が全然自分の話を聞いていないことは、今までの経験上、なんとなく織部は分かっていた。その背中を撫でていると、ぐったり動かないでいた体を天海がふっと持ち上げて、緩々と前後に動かしはじめた。
「天海さん、まって、やばいから」
「・・・お、前だって」
「え?」
「男の胸、舐め回して、喜んで、る、変態のく、せに」
さっきまで快楽でとろとろになっていたはずの天海は、頬は赤いままだったけれど、その頃になるとどこか冷静さを取り戻して、散々いいように扱われたのが不服なのか、それとも他に理由があるのか、織部には分からなかったけれど、少しだけ不機嫌そうに眉間に皺を寄せていた。と言っても、一方でまだ体内に織部のそれをおさめたまま、緩やかに腰を動かして、続きを促したりしていたけれど。
「言ったじゃん、おれ、貧乳のエロい子が好きだって」
「んー・・・?」
「あれ天海さんのことだよ、分かってよ」
そんなことは天海には分かりっこないと思いながら、天海の痩せた背中を撫でて、笑いながら織部は天海の唇に軽く触れるだけのキスをした。唾液が混ざらなければ気持ち悪くないだろうと、こんなキスしかできないことを時々恨めしくも思うけれど、それだけは性欲に直結していないみたいで、織部は少しだけ安心する。そして同じくらい天海が恋人なのだと自覚すればいいのにと思う。
(ちょっとくらいそうやって、俺のこと安心させてよ)
天海にはそんなこと虚しくて、面と向かって言えそうもないけれど。
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