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嘘吐き夜を目指す Ⅹ
「・・・んっ、なか・・・いっぱい・・・」
「ご、ごめんね、とりあえず動くのやめて天海さん、一回降りて」
蕩けた目のまま天海は薄っすらと汗をかいている織部の首筋に猫みたいに顔を摺り寄せると、そのまま唇を押し当ててじゅるじゅると音を立てて吸いついた。こういう時だけ、そうやって織部の頭の弱いところを揺さぶるみたいな要領で、分かりやすく甘えたりして、わざと天海がそうやっているのを分かっていながら、そんなことでびりびりと頭の弱い部分が痺れる。考えてみれば天海が、いつまでも膝の上でいいこいいこと大人しく背中を撫でられているわけがないのだ。こうなる前に早く下さなければいけなかった。
「・・・もっかいしたい」
「―――っ」
「おりべ」
「・・・甘えても無理!降りて!」
このままでは問答無用で第二ラウンドに持ち込まれるのが目に見えているので、織部は慌ててこんな時しか甘えない天海の肩を掴んで、無理矢理膝の上から降ろした。急に支えを失った天海はフラフラの足でよろけて、トイレの壁に凭れるみたいにぶつかってやっと止まった。
「あ、天海さん、大丈夫?」
「・・・出てくる、おまえの」
「・・・ごめんって」
まだ赤い顔のまま、欲求が十分に満たされない天海が不機嫌そうに呟くのに、織部は眉尻を下げるしかなかった。中に出されないとセックスをした気にならないらしい天海は、出さなくても怒るくせに、やっぱり出しても怒るのだと思いながら、織部は小さく息を吐いた。多分その時天海が不機嫌な理由は、それではなかったことを、何となくは分かっていたけれど。
「あ、そうだ。じゃあこれでふたしてあげる」
「・・・ふた?」
ごそごそとジャケットのポケットを漁って織部が取り出したのは、おおよそそんなところから出てくるのには似つかわしくない小さいローターだった。織部が何気なく天海の目の前にそれを差し出すようにすると、天海はまるで条件反射みたいに口を開けて真っ赤な舌で、それを摘まんでいる織部の指ごとローターを舐め回し始めた。勝手にまた背筋がぞくぞくする。
「・・・お前なんでこんなの」
「あー・・・トキさんがくれた」
「あいつ変な知恵ばっかつけやがって」
「俺に一番変な知恵つけてるの天海さんだよ?自覚ないの」
はははと笑うと、天海はローターを舐めるのをやめて、ふっと視線を上げて織部を見た。
「なに?入れる?」
こくりと天海は黙ったまま頷いて、後ろを向いた。天海の尻たぶを開いて、後ろ孔を見ると、そこはいつもより充血していて赤く染まっていた。そしてひくひくと痙攣しているそこは、確かにまだ物足りなさそうでいて、あんまりじっと見ていると、またこっちも頭の痛い思いをしなければならなくなるのは明白だった。天海が自分で舐めて濡らしたそれを入り口に宛てると、まるで欲しかったものがやっともらえたみたいに、織部が力を込めて押し入れなくてもずぶずぶとそれを飲み込んだ。
「あっ・・・んっ・・・入って、る」
「うん、入った。まぁちょっと物足りないかもしんないけどさ、帰るまでこれで我慢してね」
「・・・ん・・・」
何か言いたそうに天海は口を開いたけれど、それを隠すみたいに自分の手を口元に持って行って、折り曲げた指の関節をかりっと噛んだ。
「ねー、一回スイッチ入れて良い?天海さん」
「・・・いいけど」
「だと思った」
笑いながら顔を寄せて、織部は天海の頬にキスをした。天海はそういうことを嫌がらない。本当に嫌ではないのか、なんとも思っていないのか、それともこういう時に相手の男に従うのが当然と思っているのか、織部は多分天海がどれを正解だと言っても、自分はそれに腹を立てるのだろうと思った。思っているけれど、こういう時に天海のそれは面倒臭くなくて、言ってしまえば手っ取り早く欲求を満たしてくれるから、お互いに変な摩擦がなくていいなとも思ってしまう自分がいることを、織部は最近少しだけ自覚しはじめている。遠隔操作用のスイッチをオンにすると、天海の頬はまたぶわっと赤みを取り戻して、織部はそれを見ながら口角を上げた。そうなってしまえば、難しい二人の間の違和感などどうでもいいのだ。
「あっ・・・んん・・・っ」
「ちっちゃいし物足りない?やっぱ」
「ふっ、・・・うっ・・・」
「でもイイ顔してるね、天海さん。いいトコ当たっちゃってる顔してる」
「・・・んっ」
声を抑えるみたいに袖口で口元を覆う天海を見ながら、あははと織部はまた爽やかに笑って、天海の赤くなった頬を指で突いた。そして丁度手のひらに収まるサイズのスイッチを、手の中で一度くるりと回してそのままジャケットのポケットに仕舞い込んだ。そんなおもちゃひとつで支配したような、支配されたような気分になるなんて、馬鹿だった。そんなことは二人とも分かっていた。
「ね、帰る前に西利とすがちゃんにはちゃんと挨拶行かないとね、天海さん」
先刻から呂律の怪しい西利のグラスに延々とビールを注ぎ足していた須賀原は、自分はただ単に織部の気まぐれに巻き込まれる形でここに連れてこられたのに、いつの間にか一番面倒臭いことを一番押し付けられているのではないかと思っていた。もう西利のことも天海のことも織部のこともどうでもいいから、さっさとお暇したかったけれど、織部と天海は依然トイレから帰ってこないし、隣の西利は須賀原が延々ビールを注いでしまったのがいけなかったのか、いつの間にかべろべろに酔っぱらっており管を巻き始めるし、勿論この状況を放り出して帰ることもできないしで、もう八方塞がりだった。
「・・・すがさぁん、聞いてますかぁ・・・?」
「ごめんな、西利。俺が悪いんだよ、とりあえずウーロン茶きたからこれ飲もう、な?」
「いやれすー!ビール持ってきてくらさぁいー」
「ほんとにごめんな・・・西利・・・」
頭が痛いと思いながら、西利に用意したはずのウーロン茶を須賀原が自分で飲んでいた時だった。カラカラと音がして個室の扉が開いた。さっきからどう見てもべろべろに酔っぱらっている西利を、心配そうに見てくる店員しか個室には入ってこなかったが、その時そこから顔を見せたのは、ずっと席を外していた織部だった。そもそも須賀原は織部にほとんど無理矢理引っ張ってこられたのに、その時織部の顔を見て無条件にほっとした自分がいて、元凶はこの男なのにそれはどう考えてもおかしいだろうと自分で自分につっこみを入れたくなる。織部はというと須賀原が渋い顔をしているのが分かったのか、その人懐っこい顔をぱっと明るくして、最近ほとんど織部に強引に連れ回されているせいで、なんとなく織部のいつもの癖が分かってきてそれも嫌だったが、それで多分織部は謝っているつもりだった。多分織部みたいなのを人タラシというのだろうなと須賀原はひとりで思う。
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