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嘘吐き夜を目指す XII

地下にある駐車場は人工の光すらまばらにしか入らないで、随分と薄暗かった。織部は天海の肩を抱いたまま、なんだかこうして暗いところを二人で歩いていると、はじめて天海をゲイバーで見かけた時のことを思い出すなとひとりで考えていた。あの時も確か天海は自分より少し背の高い男にこんな風に肩を抱かれて、必要以上に顔を近づけて、なにか小声で話しながら歩いていた。それはあんな風に我が物顔で肩を抱かれることを、きっと天海は承諾していたことの証明である。思い出しても腹が立つと、そんなにそれから時間は経っていないのに、随分前のことのように思い出されて、織部はひとりで奥歯を噛んだ。 「天海さん、車どこ」 ふっとそれまでおとなしく静かにしている天海の様子をうかがうと、天海はそこで赤い顔をして織部のジャケットを震える手で掴んだまま、口を半開きにして荒い呼吸を繰り返していた。思ったよりも天海の体に仕込んだそれが、天海の弱いところを甚振っているみたいで、見ていると勝手に背筋がゾクゾクしてくる。そういう時すがるものが自分しかいないことを、天海も理解してくれればいいのに。追い込んでいるのは自分だと分かっていたけれど、織部はそれを棚に上げてそう思わざるを得なかった。 「・・・ぁ、も、う・・・っ」 「あ、あったわ」 天海が小声で何か言っているのを、その時織部はわざと聞かない振りをして、肩から掛けた天海の鞄から勝手に車のカギを取り出すと、遠隔操作でロックを解除する。少し遠くでシーマのヘッドライトが一度、その場所を教えるみたいにぴかっと光ったのが見えた。 「天海さん、もうちょっとだよ、頑張って」 「・・・んっ」 何か言いたげにしている天海の手を引っ張って、天海の言葉はわざと聞かないようにして、織部はずんずんと大股で車に近づくと、まるで自分の車みたいに知った所作で、運転席でも助手席でもなく、その後部座席の扉を開けた。そうして持っていた自分の鞄と天海の鞄を、少し乱暴な動作でそこに投げ入れる。暗闇にはぁと息をつくと自棄に自分のそれが熱っぽい気がしてどうにかなりそだと思った。でももうその頃にはどうにかなってしまっている後だったのかもしれない。 「っていうか、天海さんも俺も酒飲んでるのに、どうすんの?誰が運転すんの、これ」 「・・・―――」 「天海さん、どうするつもりだったんだよ」 まさか西利に運転させるつもりだったのか、いや西利も普通に飲んでいたし、織部は考えながら、返事をしない天海のことをそこでようやく振り返った。本当はそんなことどうでも良かったし、どうにでもやりようがあることは分かっていたから、本当にその事が確かめたいわけではなかった。そんなことは天海も分かっていたと思う。天海は振り返った織部の視界の中にはおらず、織部がすっと視線を下げると、駐車場のコンクリートの上に、ぺたんと座り込んでしまっていた。その右手だけがまるですがるみたいに、織部のジャケットの端を握っている。その白い手の指先だけが赤く染まっていることに気付いていたけど、知らないふりをしていたことを、もしかしたら天海も分かっていたのかもしれない。 「・・・天海さん?」 流石にまずかったかなと、その頃になって織部は罪悪感がふつふつと芽生えて、まるで今更天海の機嫌を取るみたいに、少しだけ優しい声色でその時天海の名前を呼んだ。すると天海はゆっくり顔を上げて、座ったまま真っ赤に染まった口を開けた。ごくりと喉が鳴るのが、やけに耳元で聞こえる。天海は握っていたジャケットから手を放して、そのままするするとそれを下に滑らせた。そして座っていた腰を少し浮かせて、スラックスの上から織部の股間に顔を摺り寄せるようにする。 「ちょ、ま・・・―――」 「お、りべ、これ・・・」 「あまみ、さん」 「こ、れ、ほしい、いれて」 はぁと開けた真っ赤な口から熱っぽく息を吐いて、天海はスラックスの上から織部のそれを銜えるみたいに、噛み付いてそのまままるで食べるみたいに口を動かす。その鈍い刺激が、直接銜えられているわけではないのに、その鈍い刺激が背筋から伝わって脳の一番弱いところに届くまで、多分そんなに時間はかからなかった。そんなことではまだしたりない天海の腕をほとんど無理矢理引っ張って、後部座席に押し込むと、織部は自分を落ち着かせる意味を込めて、はぁと大きく息を吐いた。暗い車の中に無理に押し込まれた天海は、やけに濡れたふたつの目で、焦燥する織部のことをじっと見ていた。 「天海さん・・・ほんと、もう、家帰る前で待てないの」 「・・・まて、ない」 言いながら天海は自分のベルトを、さっきトイレの個室で直したばかりのベルトを外し始めて、織部は溜め息を吐くしかなかった。 「わあったよ、とりあえずローター抜いてあげるから」 「・・・ぬ、かなくていい」 「え?」 天海が邪魔だと言わんばかりに、さっさとスラックスを脱ぐのを手伝いながら、また全然思ってもみない返事が返ってきて、織部は天海が何を言っているのか分からなくてびっくりして、思わず手を止めて聞き返していた。その間に天海は自分でそれをはぎ取ってしまう。てっきり勃起したままで辛いのだろうなと思ったけれど、スラックスを脱がせて露わになった天海のそこは思ったよりも膨らんでいなくて、織部がそれを脱がせてみると、下着には天海の精液がべっとりと付着していた。 「天海さんおもちゃでイっちゃったの?いつ?」 「・・・ん」 「まさかすがちゃんとか西利がいる時じゃないよね?自分の部下と好きだって言ってくれてる女の子の前でケツにローター突っ込まれてイっちゃったの?」 「・・・ぁ」 織部が天海の右足を持ち上げると、天海は期待したように声を出したから、多分天海はまた自分の話を聞いていないのだろうなと織部は思った。天海はもう突っ込まれたいだけしか考えていなくて、織部が確かめたいことなんてどうでもいいと思っている。それにそのまま天海の欲しいものをくれてやるのも癪に障ると思いながら、織部はまだ天海の中に入っているローターのコードをちらりと見やった。それを指先で少し引っ張る。天海の体がびくりと跳ねる。後ろ孔はずっとそれで刺激されていたせいもあるのか、ぐずぐずに解れていたし、そこからは織部がさっき出したものが少しだけ漏れ出ていた。 「こんなおもちゃでイけるんなら俺のいらないんじゃない?」 「・・・い、・・・いれ、て」 ローターのコードを引っ張る織部の手を掴んで、天海は息も絶え絶えになりながら、そう言った。また頭の弱い部分が揺さぶられたような気がした。 (天海さんってほんと) (俺のことどうするつもりなんだよ) 天海は目先の快楽のことしか考えていないし、織部のことを時々揶揄するみたいに『ノンケ』と呼ぶくせに、いつでも織部の知らない深いところから手招きしきて、あっさり天海の思惑通りに穴に落ちているような気がしてならない。たぶん天海にそのつもりがなくても。

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