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第3話

あれからずっと胸は苦しいままで、気を抜くと涙腺が壊れてしまったかのように涙が溢れ出てくる。 気持ち悪い、そう言って僕を蔑む先輩の夢を何度も見ては飛び起きた。 邪な想いに気付かれて、拒絶されるのが怖い。 初めて与えられた優しさに勘違いして、勝手に舞い上がって馬鹿みたいだ。 募りゆく恋心が、じんわりと首を絞めていく。 仄暗い放課後の教室、窓の外は朝から雨が降り続いている。 梅雨入りして毎日水遣りをする必要が無くなった園芸部の活動は、週に一度のミーティングと晴れた日に少し花壇やプランターの手入れをしてあげるくらいだった。 「..いっ..た..!」 今日も部活は休みで帰宅しようと下駄箱へ向かっている途中、光希先輩と綺麗な女性がじゃれ合うように腕を組みながら此方へ歩いてくるのが見えた。 お似合いすぎる程の二人に、ひゅっと喉の奥が音を立てる。 あんな風に僕も、先輩に愛されてみたい。 そう思った刹那、左手の指先に激痛が走った。 「..!な、に..これ..」 痛みを感じた箇所に目を向けると半透明な何かに覆われていて、恐る恐るそれに触れてみると氷のように冷たく硬かった。 剥がれるかもしれないと思い引っ張ってみたけれど、接着剤で貼り付けられたみたいにピッタリとくっついている。 ーーーいや、だ..っなんで.. 言い知れぬ恐怖が脳裏を支配して、ガチガチと奥歯が鳴る。 不意に傘がするりと腕から抜け床に落ち、その音を合図に校舎を飛び出した僕を呼び止める先輩の声が、微かに聞こえたような気がした。 「..氷結病?」 ずぶ濡れになりながら帰宅し、そのまますぐにネットで指先に張り付く物体について調べてみると、病に罹っていることが分かった。 片想いを拗らせると罹る、いわゆる奇病というものだ。 詳しい症状は、痛みを伴いながら徐々に指先から皮膚が氷に覆われていき、いずれ全身に侵食。 そして身体を覆う氷の範囲が広がると、体温が低下していくそうだ。 想い人に触れている間は体温を取り戻すことが出来るけれど、だからといって氷が溶ける訳ではないらしい。 愛されたいと願えば願うほど病は悪化し、両想いになれない限り心臓が凍り付いて死に至る。 「..死ぬのかぁ。あはっ、ははは..」 出来損ないの僕なんかが、先輩を好きになってしまった罰なのだと思った。 誰かを愛したり、愛されたり、そんなことが許される人間じゃないことなんて分かっていたはずなのに、自分は何を期待していたのだろう。 小さな部屋に響き渡る雨音が、お前には独りがお似合いだ、と嘲笑っているように聞こえた。 膨れ上がっていく想いが進行を早まらせ、梅雨が明ける頃には生活に支障を来す程に氷は範囲を広げていた。 今は何とか包帯で隠せているけれど、すぐに気付かれてしまうことが容易に想像できる。 体温も低下しているようで、夏服に切り替えなければならないのに、真冬と錯覚するほど寒くてブレザーやカーディガンを手放せない。 死ぬまでにあと何回、先輩に逢えるのだろう。 「あれ、足どうしたの?引きずってるみたいだけど。」 「..今朝、派手に転んじゃって。」 部室で夏休みの活動についてミーティングを終えた後、流れで先輩と二人で帰ることになった。 恋心も病も悟られたくなくて普通を装おうとしたけれど、引きずらないと歩けない脚までは隠しきれない。 誤魔化す為に咄嗟に吐いた嘘は疑われることなく、ゆっくりで良いからね、という気遣う言葉と共にさりげなく身体を支えてくれる。 ドクドクと胸が高鳴るのとは反対に、すーっと全身が冷たくなっていくような気がした。 「送っていこうか?」 「いえ、大丈夫です。」 「そっか。また転ばないように気を付けてね。」 「..はい、ありがとうございます。」 校門を出て二つ目の分かれ道、優しさを押し退けて先輩に背を向ける。 これ以上そばに居たら、症状が出てしまうような気がした。 独り占めしたい、満たされることのない醜い欲に溺れてしまいそう。 情けなく泣き出しそうになるのを堪えながら家路を急いだ。

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