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第8話
四年の月日は長いようで短く、想像していたよりも遥かにあっという間だった。
そう感じられるのも周りの環境に恵まれ、退屈する暇もないくらいに充実した毎日を送れていたからこそだと思う。
卒業してからも塾講師のアルバイトを続け、同時に家庭教師としても働き始めた。
すぐに旅立つ予定でいたけれど、もう少し貯蓄は多い方が良いだろうと判断し、出発を一年後に引き延ばすことにしたのだ。
この間に更なる画力の向上を目指しながら、暫く逢えなくなる家族との時間を大切に過ごした。
住み慣れた地元を離れることを選んだのは、絵を描くだけが理由ではない。
ほとんどを病院という箱の中でしか過ごせなかった朔に、世界にはこんなにも綺麗な景色があるんだよ、いつかそう教えてあげたかったのだ。
今時いくらでも他国に関する資料は転がっているけれど、実際に目にしたものでなくては意味がなくて。
これは誰にも話していない自分だけの秘密であり、もう一つの理由だった。
見知らぬ土地での暮らしは想像以上に厳しく、半年を過ぎても絵は一向に売れずに貯金を食い潰しながら生活をしていた。
このままでは旅を続けられなくなるかもしれない。
そうなれば、今まで費やしてきた時間が全て水の泡になってしまう。
初めて絵が売れたのは、そんな不安や焦りを募らせ始めた頃のこと。
最初のお客さんは、紳士的な雰囲気を纏った男性だった。
家を買ったばかりらしく、部屋に飾る絵を探していたのだとか。
沢山の画家がいる中で、自分を選んでくれたことが有り難かった。
値段は幾らかと問われ決めていないのだと言うと、それなら十万円でどうかとバッグから財布を抜き取る。
予想していたよりもずっと多い金額に驚けば、これくらいの価値はあるのだから自信を持って受け取って欲しい、と彼は穏やかに口角を上げた。
良い人に買ってもらえて、本当に嬉しく思う。
コクリとひとつ頷いて礼を告げると、彼は満足げに手を振りながら去っていった。
このお金は何か特別なことに使いたい、そう考え真っ先に浮かんだのはペアリングだった。
自己満足でしかないとしても、目に見える繋がりが欲しかったのだ。
店を回り数ある中から、シンプルなデザインの指輪を選択し、イニシャルを刻印してもらった。
一つを左手の薬指に嵌めると、もう一つはチェーンに通してネックレスとして身に付けた。
いつかこれが、朔のことだけを想い、愛し続けてきた証明になれば良い。
それから少しずつ絵は売れていき、二十八歳になった頃には雑誌やテレビ等のメディアに取り上げてもらえるまでになった。
海外で活躍中のイケメン義足画家、なんて笑ってしまう。
そんな呼ばれ方をする日が来るとは思いもしなかった。
どうして海外での活動を選んだのか、指輪の意味は、と取材でよく聞かれるけれど、朔に関することは一度も話していない。
二人のことは二人だけのもので、誰にも教えたくなかった。
表面的な言葉を並べて、上手く誤魔化し続けている。
日本からも注文が入るようになったのは、目を掛けてくれた人達のおかげだ。
感謝しているけれど、これから先もきっと言うことはないだろう。
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