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第8話

8.  あの夜、森本さんを好きなのかもしれない、と思ってから、俺は毎晩のように平日の夜は、彼と公園で会っていた。森本さんはこれまでと同じように、毎晩コンビニに買い物に来た。今までと同じように弁当を買い、缶チューハイも買っていた。だけどあの晩から、缶チューハイは2本買うようになっていた。俺は毎日レジを打ちながら、そのうちの1本は自分の物なんだと思って、嬉しくてむず痒いような妙な気持ちでいた。  毎晩ご馳走になるのも悪いので、自分の分は自分で買う、と言ったのだが、彼は「僕は正社員で働いてるんだし、特に他にお金を使うこともないから、これぐらい構わないよ」と笑って答えた。  この日も、俺は自分のシフトが終わると公園へ行った。  真っ暗な公園の片隅にあるブランコ。森本さんは座ってじっと遠くを眺めていた。いつも彼は同じように、同じ方向をぼんやりと見ている。俺は彼が夜空を眺めているのだと思っていた。だけど、今夜は曇り空で星一つ見えない。 ――何を見てるんだろう?  彼の視線の先を自分も眺めてみる。  真っ暗な街並み。普通の住宅街だ。戸建ての家々とアパートらしき建物があるだけだった。その他に特に変った物はなにもない。 ――何か、気になる物でもあるのかな……?  俺は森本さんが座っているブランコに近づいた。 「……お仕事、お疲れ様」 「ありがとうございます」  森本さんは、俺が隣のブランコに腰を下ろしたのを見ると、ビニール袋から缶チューハイを取り出して、1本手渡してくれる。 「今夜はレモン味ですね」 「……うん。さっぱりしてて、いいかなって思ったんだけど。佐々間くん、これで良かった?」 「はい、さっぱり系のは好きです」  俺の答えを聞いて、彼は満足そうにプルタブを開けると、ぐいっと一口飲む。夜の闇の中に、彼の白い横顔と反った首が浮かび上がり、喉仏が動く。俺はじっとその様子を見つめていた。 「今日は、忙しかった?」  少しだけこちらを見て、彼は尋ねた。 「まあまあですね。週中はいつも同じです。森本さんは、お忙しかったですか?」 「……僕もまあまあかな」  彼はいつも俺を真っ直ぐに正面から見ることはない。いつも少しだけ視線をこちらに向けて話しかける。  人と向き合いたくない、と以前言っていたのを思い出していた。  俺を真っ正面から見ないのは、きっとそういうことなんだろう。 ――森本さんは、人と向き合いたくないだけじゃない。もしかしたら、自分とも向き合ってないんじゃないかな。  俺はふとそんな気がした。彼は何かを恐れて、そしていつも逃げているような、そんな雰囲気がある。それがあの孤独な空気を醸し出しているのだ。  森本さんは、孤独な人だ。 ――だから、俺は側にいてあげたい。  毎晩、一人きりで夜のブランコに座って、暗闇をじっと見つめている彼を、俺は救い出してあげたかった。自分自身で自分と向き合えないのなら、俺が側にして力づけてあげたかった。  メンタルがボロボロだった俺が、今では自分とも他人とも向き合って、誰とでも上手く折り合いをつけられるようになった、とは必ずしも言い切れない。でも少なくとも、表面的にだけじゃなくて、もっと人と深く関わり合いたいと思うようにはなれた。それは森本さんのお陰だった。彼と出会ったのがきっかけで、彼を知りたい、親しくなりたいと思うようになったのだ。  だから、少しでも彼の手助けが出来るのなら、俺がそれをしたかった。もしかしたら、余計なお世話なのかもしれない、と心のどこかで思ってもいたけれど。  ブランコのチェーンを握りしめる彼の左手。薬指に嵌まった銀色の指輪が、街灯の明かりを反射してきらりと輝いた。  それを見た俺の胸は、ずきんと鈍い痛みを感じていた。

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