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第9話

9.  週明けのこの日、俺は急に頼まれて午前中のシフトに入っていた。突然朝、携帯に慌てふためいた店長から電話が掛かってきたのだ。いつもシフトに入ってくれている女性が急に来られなくなったとかで、代打を頼まれたのだ。なんでも、彼女のお子さんが熱が出て学校を休んでしまったそうで、代わりがどうしても見つからなかったらしい。店長も急用があって店を離れなくてはならなかったので、致し方なく俺にお鉢が回ってきたのだった。  どうせ俺も自分のシフトの時間までは、家でゴロゴロするだけだったから、すぐに店に走って行った。店長はホッとした様子で「助かったよ、時給ちょっとプラスしておくから」と言うと、あたふたと出掛けていった。そんな訳で、今日はシフトがずれてしまい、森本さんが買い物に来る前にあがりの時間が来てしまう。まあ、どうせ俺のアパートからあの公園まではすぐなので、森本さんがいる時間に行けばいいか、と気楽に考えていた。 ――あれ? いない……?  俺は夕方にシフトが終わって一旦アパートに戻り、のんびりしてから、いつもの時間に公園に行った。だが、ブランコに森本さんは座っていなかった。 ――どうしたんだろう?  もしかしたら、少し遅れているんだろうか? と思い、ブランコに座ってしばらく待ってみた。10分、20分……時間だけがただ虚しく過ぎていく。 ――今日は会社を休んだのかな?  何か用事があって、有給を使い休んでいたのかもしれない。俺は待つのを諦めて、ブランコから下りた。 ――あ……でも、まさか風邪をひいて休みだったとか……?  ふと思い付いて心配になる。  今日、自分が突然午前中のシフトになったのも、いつも入っているパートの女性のお子さんが、風邪をひいて学校を休んだのが理由だった。自分が知らないだけで、世間では風邪が流行っているのかもしれない。 ――でも……  脳裏に思い浮かぶ、左手の薬指。 ――きっと、ちゃんと看病してくれる人がいるよね。  じゃあ、なんで毎晩コンビニ弁当を一人分だけ買ってるんだ? と違う自分が問い掛ける。もしかしたら、別居して一人暮らしなのかもしれない。別居じゃなくても、単身赴任とか……とにかく、いつも一人分の弁当しか買ってない、ってことは何らかの理由があって、一人で暮してるのに違いない。俺は心配になってきた。まさかと思うけど、家で具合悪くて動けずに寝込んでるとか、最悪倒れてるなんてこともあるかもしれない。そう考えたら、いてもたってもいられなくて、俺は急いでコンビニに行き、栄養ドリンクと風邪薬と森本さんがいつも買っている弁当を買った。レジには、通常俺の後のシフトに入っている予備校生くんが今夜は入っていた。 「こんばんはーお疲れっす」  彼は暢気な様子で挨拶をしてくる。俺は彼に、森本さんが買い物に来たかどうか聞いてみようかと思ったが、止めた。スーツ姿の会社員なんてたくさんいる。どれが森本さんかなんて、彼には分かるはずがない。 ――そうだよな。普通はそうなんだ。  一日に何十人、いや忙しい日だと、百人単位で訪れるコンビニのお客さん。言葉を交わす人もいれば、そうじゃない人もいる。俺と彼らは、ただの店員と客。ただそれだけの関係。だけど、今や俺と森本さんは、それだけの関係ではなくなっていた。  何が違っていたのだろう? ただの普通のお客さんと、森本さん。ううん、違いなんて、もう分からなくてもいい。彼は特別だったんだ。俺にとっては。  俺は商品を入れて貰ったビニール袋を持つと、店を出る。 ――あの人に、会いたい。  暗い住宅街の中の道を、あの人が住んでいるというマンションへ向けて俺は小走りで駆けていった。

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