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第10話

10.  勢いよくマンションまで来てしまったものの、俺は入り口で立ち止まり、戸惑う。考えてみたら、森本さんが何号室に住んでいるのかまでは、聞いていなかったのだ。  4階建てのマンションを見上げて、ベランダに森本さんの姿がないかと探してみる。希望的観測を持って眺めてはみたものの、テレビドラマじゃあるまいし、そんな都合が良い展開になんてなるわけがない。当然ながら、ベランダには森本さんの姿なんてなかった。俺は見上げた建物に並んだ窓の数を数えてみる。ワンフロアに5部屋ぐらいあるだろうか。 ――4×5で20部屋か……  それぐらいだったら、一軒ずつ表札を見て回っても、大した時間はかからないだろう。変質者とか泥棒とかに間違えられないように気を付けないと……と思いながら、1階部分から表札を見て回る。 ――ないな……  表札を見るだけなら、それほどの時間は必要なかった。ワンフロア2分もあれば充分だ。2階、3階部分にも森本という表札はなかった。 ――まさかと思うけど、実は表札の名前が違ってたりして……  突然不安が襲ってくる。森本だ、と俺には名乗ったが、実際に身分証明書で本当の名前なのかどうか確認したわけじゃない。本名ではなくて、偽名を名乗っていた可能性だって否定出来ない。そもそもコンビニの店員でしかない上に、いきなり話しかけて会ってくれなんて言う怪しい男に本名を素直に名乗るだろうか? ――いや、そんなことないよね……  俺は必死に不安を打ち消そうとした。だって、もしも俺を怪しんでいたとしたら、このマンションに住んでるなんて言ったりはしないだろう。 ――あ、でも、このマンションに住んでるって言ったのも、嘘かもしれないのか……  俺は4階まで階段を上がって、ようやくその可能性に辿り着く。 ――俺……とんでもない間抜けかも。  多分、もう森本という表札はないだろう……と半分諦め気分で、4階の廊下を端から見ていく。 「……あ……あった」  ちょうど真ん中辺りの家のドアの脇に、森本と書いた表札が掛かっていた。  それを見た途端、膝がガクガクする。4階まで階段を上がった疲れと、もうないと思って諦めていた苗字の表札が目の前にあったという喜びと、そして本当に来ちゃったよ、という緊張が突然一度に全部襲ってきたせいだった。 ――どうしよう……やっぱり、止めておこうかな。  ほんの数秒間考えて、そして俺は迷う心を抑えると、ドアベルを震える指で押してみた。  しばらくしてから、ドアの向こうに人の気配。鍵を開ける音がして、ドアが開いた。 「……なんで、きみが?」  開いたドアの向こうに、驚いた顔の森本さんがいた。

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