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第13話
13.
もうすぐ8時。シフトが終わる。俺は壁掛け時計の秒針が文字盤の12を過ぎるのを見た瞬間、店長に声を掛ける。
「店長!」
「うわ、びっくりした! どうしたの、佐々間くん」
しゃがみ込んで、お弁当コーナーの商品補充をしていた店長が驚いてこちらを向く。
「あの、時間なんですけど」
「もうバイトあがりの時間だった? いいよ、終わって」
「はい、お先に失礼します」
「佐々間くんから、先に声掛けるなんて珍しいね。もしかして、デート?」
「……ええ、まあ」
俺は照れてぺこっと頭を下げると、着替えるためにロッカールームへ急いだ。
夜空に浮かぶ三日月。
――最初に公園で森本さんを見かけたのも、こんな夜だったな。
わくわくとどきどきが止まらない。もうダメだと諦めていたから余計だった。十字路まで来ると、迷わずに左に曲がる。しばらく行くと公園に突き当たった。
――本当にいるかな……
少しだけ不安な気持ちが頭をもたげる。森本さんは待ってる、って言ってくれたけど……気が変って帰ったりしていないだろうか? 俺は入り口で立ち止まると、大きく深呼吸した。そして、一歩踏み出す。
公園の奥のブランコにはあの人の姿があった。
彼はすぐに俺に気付いて、軽く手を振ってくれる。俺は笑顔で手を振り返した。
そして、気付いたんだ。
――今日は、見てない。
いつも森本さんはブランコに座って、どこか遠くを見ていた。俺はずっと夜空を眺めているんだと思ってたけど、曇り空の日も同じように、同じ方向を眺めていたから、決して星空を見ていたんじゃないと気付いていた。
結局、何を見ていたのかは分からない。
でも今夜は、彼は公園の入り口をじっと見ていた。だから、俺が足を踏み入れるなり、手を振って挨拶してくれたんだ。
「仕事、お疲れさま」
森本さんは俺に声をかけると、足元のビニール袋をごそごそと漁る。そして、ふと俺の方を少しだけ見上げて困った顔で口を開いた。
「……チューハイ、何味がいい?」
ビニール袋の中には10本ほどの缶チューハイ。全部違うフレーバーの物だ。
「……じゃあ、グレープフルーツにします」
「はい、どうぞ」
彼は袋からグレープフルーツ味の缶チューハイを取り出して、俺に手渡してくれた。
「他にも色んな味のを買ったんだけど、それで良かった?」
森本さんは心配そうに尋ねた。
「……初めて、森本さんに買ってもらった缶チューハイ、グレープフルーツ味だったんです」
「……そっか……そうだった?」
「そうですよ。……俺、ちゃんと覚えてますから」
俺は森本さんの隣のブランコに座り、缶チューハイのプルタブを開けて、一口飲んだ。さっぱりとした甘さが口の中に広がった後で、ほんの少しだけ苦味を感じる。まるで、俺の恋心みたいだった。
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