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第14話

14. 「……すみませんでした」  俺は、もう一度謝った。さっきコンビニのレジで、森本さんは、もういいよ、と言ってくれたけど、やっぱり気になっていた。 「……なにが?」  森本さんは俺の言葉を聞いて、驚いたように聞き返してくる。 「あの晩、無理矢理家にまで押しかけた挙げ句、写真……勝手に見ちゃったじゃないですか。あれ、俺に見られたくなかったんですよね?」 「さっきも言ったけど、もう気にしてないから。……それに、見られちゃったもんはしょうがないだろ? いつまでも考えたって仕方ないよ」 ――あの人は、指輪の相手ですか?  俺はそう尋ねようとしたけど、すぐに口を閉じて、その言葉を飲み込んだ。せっかくもう気にしていない、と言ってくれているのに、また蒸し返すようなことは言わない方がいい。  だけど、予想に反して森本さんは自分で話し始めた。 「あの写真……僕のパートナーだった人と旅行に行った時に撮影した、お気に入りの一枚だったんだ」 「……パートナー……だった人?」 「そう……もう、いないんだけどね」  森本さんは缶チューハイのプルタブを開けると、ぐいっと一口呷った。 「いない?」 「……うん。1年前、会社の帰りに交通事故に巻き込まれてね……きみが僕の部屋に来た日がちょうど1周忌だったんだ」  森本さんの声はとても小さかった。俯いて肩を震わせている。もしかしたら、言いたくないことを無理に言わせてしまったのではないだろうか? と心配になる。 「朝、行って来くるって、そう言って出掛けて……彼は帰って来なかった」 「森本さん……無理に話さなくても……」 「ううん、いいんだ。きみに聞いて欲しいんだよ」  森本さんは顔を上げると、こちらにゆっくりと顔を向け、じっと真っ直ぐに俺の目を見つめた。 ――あ……  彼の瞳の中に、もう孤独はなかった。俺はその瞬間、彼が今まで逃げていたものに、向かい合う決意をしたのだと悟った。 「彼は僕の部屋に越してきて一緒に住むまで、あのアパートの一室に住んでたんだ」  森本さんはそう言って暗闇の中の一点を指差した。それは、いつも彼がブランコに座って眺めている方向だった。 ――そうか、森本さんは彼が住んでいたアパートを毎晩眺めていたんだ…… 「僕が住んでるマンションと、彼のアパートのちょうど真ん中にこの公園があった。いつも仕事帰りに待ち合わせして、このブランコに座って一日あったことをお互い話しながら、缶ビールを1缶だけ飲んで、それで別れるのが習慣だったんだ」  だから1周忌のあの晩、缶ビールを写真立ての前に置いていたのだ。きっと森本さんは、飲みながら写真の中の彼と語り合っていたのだろう。  だけど、毎晩ここで彼との思い出に浸る森本さんは、缶ビールではなくて缶チューハイを飲んでいた。何故なのだろう? 「……いつも森本さんがここで飲んでるの、缶ビールじゃなくて、缶チューハイですよね? どうしてなんですか?」 「缶ビールは、思い入れが深すぎて飲めなかったんだ」  悲しい笑顔。カラン、と空になったチューハイの缶が俺の手を離れて地面に落ちる。俺は立ち上がった。そして隣のブランコに歩み寄ると、座っている森本さんをぎゅうっと抱き締めた。  森本さんは抵抗しなかった。ただ黙って、俺に抱き締められていた。 「……あの人を思い出しながら、一人でずっとここにいたんですね」 「うん」  俺はその場に両膝をついて、彼と同じ目線の高さで顔を覗き込む。森本さんは静かに涙を流していた。 「これからは、俺が一緒にいます」  俺の言葉に、森本さんの目が見開かれた。その瞳の中に綺麗な三日月が映り込んでいた。

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