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第4話
4.
コンコン、とドアをノックする。
――日曜日だし、出掛けちゃってるかな……
しばらくすると、ガチャッとドアが開いてお隣さんが顔を出した。
「あれ、菊池さんどうしました?」
「すいません、お休みのところ。緒崎 さん、甘い物お好きですか?」
「甘い物……ですか?」
俺は手に持った青い箱を持ち上げながら言った。
「バウムクーヘンなんですけど、食べます?」
「甘い物、好きですよ。どうしたんですか?」
「いや……いつも緒崎さんに野菜頂いてて、一度もお返ししたことなかったなと思って……結婚式の引き出物なんですけど」
「そうだったんですか。……中、入って下さい」
緒崎さんはドアを開いて、俺を招き入れてくれた。
「お邪魔します」
「どうぞ、ちょっと散らかってますけど」
散らかってる、とは言ったものの、部屋の中はとても綺麗に片付いていた。
「ここ、座って下さい」
緒崎さんは座布団を出すと、床に置いてくれた。俺はそこに座って、部屋の中をぐるりと見回す。基本的には男の一人暮らしだから、俺の部屋と大差ない。テレビがあって、テーブルがあって、ベッドがあって、本棚代わりのカラーボックスが置いてある。
「今、お茶淹れますね。……何がいいかな、バウムクーヘンだからコーヒーか紅茶がいいですよね? どっちにします?」
「あ……お構いなく」
「せっかくだから、一緒に食べましょう」
やかんに水を入れながら振り返った緒崎さんは、にっこりと笑みを浮かべると言った。
「じゃあ……コーヒーをお願いします」
「インスタントしかないんですけど、いいですか?」
「構いません」
緒崎さんはマグカップに入れたコーヒーを2人分持ってきてくれた。そしてバウムクーヘンをカットすると、俺の前にも置いてくれる。
「これ、すごく有名な洋菓子店のじゃないですか。……良かったんですか?」
「いつも緒崎さんに野菜を貰ってて、何もお返ししてなかったし……それに、これ引き出物なんで」
俺は苦笑した。
「昨日は結婚式だったんですか?」
「ええ……」
「俺たちぐらいの年になると、途端に増えてきて、ご祝儀貧乏になりますよね」
緒崎さんはそう言いながら、バウムクーヘンを一口食べて「あ、美味いですよ、これ」と俺に向って笑いかけた。その笑顔を見てたら、何だか胸のつかえがすっと下りた。これまでずっと西内のことを考え続けて、出口のない迷路に入り込んだような気分だったのだ。だけど、緒崎さんが美味しい、と言って浮かべた表情が、俺の心を浄化してくれたような気がした。
「……本当ですね、さすがみんな行列して買うだけのことはあるな」
俺も緒崎さんに向って笑いかけた。
作り笑いじゃない笑みを浮かべたのは、いつぶりの事だっただろう?
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