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第5話
5.
お酒を飲んだ訳じゃないのに、何故か俺はすごくハイな気分になっていた。もしかしてバウムクーヘンにアルコールでも含まれていたんだろうか? 俺は緒崎さん相手に良い気持ちになって、会話を続けていた。彼が聞き上手ということもあったんだと思う。実際、緒崎さんは会話の相手としては最高だった。
「……菊池さんって、何のお仕事されてるんですか?」
「俺ですか? 営業です。緒崎さんは……?」
「コンピューター関係の仕事ですよ。一日中デスクワークだから、肩凝っちゃって。でも、営業だと一日外回りの仕事だから、暑い日とか雨の日とか大変ですよね」
「そうなんですよ。暑い日なんか最悪です。……一日冷房が効いた部屋で仕事出来るなんて、羨ましいですよ」
こんな感じで会話は途切れることなく続いていき、気付くと外は薄暗くなっていた。
「うわ、もうこんな時間ですね。すいません、調子に乗ってお喋りし過ぎました。明日、会社でしょう? もう失礼しますね」
俺が中腰になったのを見て、緒崎さんは慌てたように口を開く。
「あの、迷惑でなかったら、このまま夕食食べていきませんか?」
「えっ?」
「……実は、実家からまた野菜送って来ちゃって……今夜、鍋をしようかなと思ったんですけど、一人よりも二人の方がいいかな、って」
緒崎さんは、はにかんだような表情を浮かべた。
「いいんですか?」
「もちろんです」
「じゃあ、ご相伴に預かろうかな……実は、これから自分で夕飯作るの面倒だなって思ってたんですよ」
「良かった。いっぱい食べて行って下さい!」
緒崎さんは嬉しそうにそう言って、立ち上がった。
「のんびりしてて下さいね。……もう下ごしらえ済んでて、鍋に火入れるだけなんで」
キッチンに立って準備をする緒崎さんを見ていたら、西内と付き合っていた頃の思い出が突然蘇って来た。あいつとよくアパートで鍋をして食べたな、とかあいつが泊まった翌朝に目玉焼き作ってくれたな、とか他愛のないことだったけど。それでも一つ一つがかけがえのない思い出だった。……もう二度とあいつが俺のために目玉焼きを作るなんてことはないし、そもそもアパートに来ることもないだろう。
ぼんやりとそんなことを考えながら、緒崎さんの後ろ姿を眺めていたら、ふいに振り返って「どうかしましたか?」と尋ねられた。
「い、いえ、何でもないです。ちょっとぼーっとしちゃって」
「昨日結婚式だったから、お疲れなんじゃないですか?」
「……そうですね。結構疲れますよね、ああいうの」
俺は披露宴で道化師になりきった自分を思い出して、自嘲した。……もう、二度とあんな真似はご免だな、と思いながら。
「お待たせしました」
緒崎さんはテーブルの上に鍋を置いてくれる。
「うわ、美味そうですね。これ、何ですか?」
「じゃが芋の豆乳鍋です」
「へえ……初めてですよ」
「じゃが芋を何とか消費しないとと思って……菊池さんにも譲りましたけど、まだいっぱいあるんですよ」
緒崎さんは困った顔をして、両肩をちょっと上げて見せた。
「緒崎さんのご実家って、農家なんですか?」
「そうです。北海道で農家やってるんですよ。うちの野菜だけじゃなくて、近所からも貰いものが色々あるから、お裾分けだって言ってしょっちゅう送ってくるんです。東京じゃ野菜も高いだろうから、なんて言って」
「ありがたいですよね……いつも頂く野菜、すごく新鮮でとっても美味しいですよ」
「菊池さんが貰ってくれるお陰で、本当に毎回助かってるんですよ。早く食べないとダメになっちゃうものもあるし」
緒崎さんが作ってくれた豆乳鍋はすごく美味かった。野菜のだしがよく出ていて、じゃが芋もほくほくしていて、こんなに美味い料理を食べたのは久しぶりだった。
「……菊池さん、最後の締めはどうしましょうか?」
「ここはやっぱり……」
「うどん、ですかね」
「俺もそう思ってました」
俺たちは顔を見合わせて笑った。
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