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第8話

8.  テーブルの上のホットプレートには溢れんばかりに肉と野菜がてんこ盛りに載せられて、ジュージューと美味そうな音を立てている。 「ちょっと、煙いな……窓開けてくれる?」  緒崎が肉をひっくり返しながら頼んできた。俺はすぐに立ち上がって、窓を開ける。外の気温も家の中の温度もさほど変わりはなかったが、新鮮な空気が流れ込んできて、部屋の煙たさが薄れたような気がする。 「菊池、もう焼けてる。食えよ」  緒崎が俺の皿に肉と野菜を載せてくれる。俺はさっそくたれに付けると、口の中に入れた。 「んん、肉美味いよ。おまえも食えよ。焼いてばっかりで、食ってないだろ?」 「菊池気付いてなかったのか? 焼きながらもうすでに食ってたんだよ」  ふっふっふっ、と不敵な笑みを浮かべながら緒崎は言った。 「なんだ、油断も隙もないな」 「油断してたら、肉全部食っちまうぞ」 「それは困るな。大体、今日は俺が肉食いたいって言って、焼き肉になったんだろ?」 「そうだったっけ?」 「そうだよ」 「菊池さ、これ結構いい肉買ったんじゃないのか? 霜降りだぞ?」 「まあね。……これでも俺、営業部のエースって呼ばれてるから、それなりに稼いでるし」 「その割にはしょぼいアパートに住んでるな」 「おまえだって同じだろ?」 「俺はしがないコンピュータープログラマーですから」  俺たちは、あははは、と屈託なく笑い合う。  西内と別れてからの1年。俺はずっとあいつとの事を思い出しては、後悔と苦痛を感じ続けていた。忘れようと思うのに、忘れられず、いつまでも悲しい気持ちを引き摺っていた。結婚式に招待された時なんて、この世の終わりが来るかと思ったぐらいショックだった。  だけど、緒崎と親しく付き合い出してから、俺の世界はまた明るさを取り戻したような気がしていた。食事して、酒を飲みながら、何てことない話をして、冗談を言い合って笑って……久しくこんな楽しい時間を過ごしてなかったな、とありがたく思う。 「……緒崎、ありがとう」 「ん? どうした?」  緒崎は缶ビールを呷りながら、こっちを不思議そうな表情で見た。 「俺さ、こんな楽しい時間を過ごすの本当に久しぶりなんだ」 「仕事が大変だったから?」 「いや、違う。……大学時代から付き合ってたヤツに振られて、それからずっと落ち込んでたんだ」 「……そっか」  緒崎は側に置いてあった缶ビールを、俺に一本差しだした。 「飲めよ」 「うん」  俺はプルタブを開けて、ぐいっと一気に三分の一ほど飲む。爽やかな苦味が口の中に広がった。 「おまえ、何も聞かないのな」  てっきり緒崎は俺が付き合ってた相手について、いろいろ聞いてくるのかと思っていたが、何も尋ねてくる気配がない。ただ黙って缶ビールを飲み続けている。 「おまえが話したいならともかく、俺にはそれを無理強いして聞く権利はないから」 「……緒崎、大人だな」 「そんなことないよ。……本心では聞きたいと思ってるし」  緒崎はこちらをちらりと見ると、にやっと笑った。  俺は話そうか、と思って口を開いたが、考え直して口を閉じた。 「言おうと思ったけど、やっぱり止めておく」  考えてみたら、俺が男と付き合ってたなんて、いくら親しくなったって、男の緒崎が聞いて気持ちがいいもんじゃないだろう。男を恋愛の対象として見てる人間が、しょっちゅう部屋に出入りしてるんだ。そんなの知ったら、もう夕食にも呼んで貰えないだろうし、付き合いもしてくれなくなるかもしれない。  せっかく心を許せる友達が出来たのに、それを自分が台なしするのだけは避けなくては……と心の中のセーフティ機能が働いた。 「おまえみたいにいい男なら、すぐに新しい相手が出来るって」  緒崎は新しい缶ビールのプルタブを開けながら言った。 「……俺、すっごくあっさり捨てられたんだぜ? そんなの、いい男でも何でもないって」 「相手に見る目がなかっただけの話だろ? 菊池はいい男だと思うよ」 「お世辞はいいよ。虚しくなるだけだし」 「俺は嘘と世辞は言わない主義だから」  緒崎は真っ直ぐに俺を見つめていた。その目は真剣そのものだ。 「……そ、そう? 緒崎がそう言うんだったら……そうなのかな……」  俺は緒崎の視線に圧倒されて、しどろもどろになってしまう。 「大丈夫だよ。菊池は男前だし、すごく良い奴だから」 「……あ、ありがとう」  緒崎の言葉に俺は嬉しさと共に戸惑いも感じていた。……そんな風に言ってくれるのは、友達として心配してくれてるからだと分かっていた。分かってはいたけど、別の感情が生まれてしまいそうで怖かった。 

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