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第9話

9.  仕事帰りに立ち寄ったコンビニで、俺は缶ビールやチューハイをカゴに入れながら、無意識のうちに鼻歌を歌っている自分に気付いて、恥ずかしくなってしまった。店内には宣伝が流れていたし、周囲には誰もいなかったから、たぶん聞いてた人はいないと思うけど。焼き肉の夜からずっと、緒崎に言われた言葉を思い出しては、俺は浮かれていた。あいつが言うように、俺がそんないい男だと自惚れていたわけじゃない。ただ、自分に好意を持ってくれてる存在が、側に居てくれるのが嬉しかったのだ。  西内のことがあってから、ずっと俺は独りぼっちになってしまったような気がしていた。大学時代の友人たちとは意識して会わないようにしていたし、会社の人間とも深く付き合わないようにしていた。  だからこそ、緒崎にかけられた優しさや言葉の一つ一つが、今までの傷ついた自分を癒やしてくれていた。緒崎自身がどういうつもりで、俺に優しくしてくれるのか、理由は分からなかったけど、別にそれはもうどうでも良かった。  きっとあいつは根っから親切なヤツなんだろう、そう思っていた。 ――今日も緒崎のところ、行ってもいいかな……  缶ビールとチューハイが入ったビニール袋をぶら下げ、アパートへ戻る道すがら、どうしようかと迷う。でも本当の事を言うと、コンビニで買い物してる最中、すでに緒崎の部屋に寄ろうと思っていた。だから、缶ビールもチューハイも余分に買ったのだ。  アパートの階段を浮き浮きとした気分で上がっていると、若い女性の声が聞こえてきた。 「……緒崎さんてば、もう! からかわないで下さいよ!」 ――緒崎って今言ったよな……? 誰と話してるんだろう……?  俺は階段を上がりきると、緒崎の部屋のドアに目を向ける。そこには若い可愛らしい女性が笑いながら立っていた。 「まあいいや、とにかく入ってくれる?」  緒崎の声。……入って、っておまえの部屋に、女の子入れるの?  俺の目の前で女性は吸い込まれるように、緒崎の部屋に入って行った。 ――誰? ……緒崎の彼女?  パタンと閉められたドア。時々、女性の笑い声が漏れ聞こえてくる。俺はしばらくぼんやりと立ち尽くしていたが、我に返って自分の部屋に戻った。 ――彼女がいたって不思議じゃないんだよな……  緒崎は俺に男前だとか良い奴だとか言ってくれたけど、一般的に見たら、緒崎の方が俺よりもずっとハンサムだったし、優しいし、気が利くし、余程もてる要素の塊みたいな男だった。そんな緒崎に付き合ってる女性がいたって全然おかしくないし、むしろいない方がおかしいだろう。俺だったら間違いなく、緒崎と付き合いたいと思う。 ――だから……もう、そういうのは止めないと……  俺はスーツを脱ぎながら、深い溜息をつく。  西内で散々懲りた筈だったのに、また同じ過ちを犯そうとしてる。親しい友達で終わっておけば良かったのに、一線を越えてしまったばかりに、俺だけが辛い目に遭ったのを忘れたのか? 今度はもう間違えないようにしなくてはならないんだ。緒崎は、仲が良いただの友達だ。……それ以上でもそれ以下でもない。  彼女がいるのなら、それでいいじゃないか。それこそ割り切って友達として付き合える。  それなのに……この胸の痛みは何なんだろう?  Tシャツと半パンに着替え、座り込むと缶ビールを開けた。

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