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第10話
10.
その電話が突然掛かってきたのは、ランチタイムに同僚と天そばをすすっている時だった。
「おい、菊池携帯鳴ってるぞ」
テーブルの端に置いたまま、同僚と仕事の話に夢中になっていたら、話し相手の方が先に気付いて教えてくれた。携帯画面の番号は見覚えがないものだった。
――いた電か、詐欺まがいの電話か……?
俺は訝しみながら一応応答してみた。
「はい」
「菊池か?」
電話の向こう側の声に聞き覚えがあった。
「……西内」
全身の血が逆流したような感覚に襲われる。携帯を持つ手が震えていた。
「ごめん、ちょっと外で電話してくるわ」
えびの天ぷらを美味そうに食っている同僚に一声掛けると、俺は店の外に出た。
「……菊池、聞いてる?」
「なに? 何か用? どうしてこの番号知ってるんだ?」
西内の結婚式が終わってすぐに、携帯を買い替えて番号も新しくしていた。結婚式が終わってしまえば、もう二度と会うこともないだろうと思ったからだ。俺としてはけじめを付けたつもりだった。もちろん、携帯電話の番号だけじゃない。あいつを思い出すような物は全て手放した。
「山本に番号聞いたんだ。びっくりしたよ、おまえの携帯に掛けても全然繋がらないんだもん。どうしたんだろう、って心配してたんだぞ」
――馬鹿やろう……今更心配とか、なに言ってるんだか。
俺はそう思いつつも、久しぶりに聞いた西内の声に懐かしさと嬉しさを感じていた。
――もう、二度とこいつと話をするつもりなんてなかったのに。
「ま、俺も嫁さんと家族割りにするんで、携帯変えたから、番号新しいんだけどさ」
――だから、見覚えのない番号だったのか……
「なあ、菊池、急で悪いんだけど、今夜空いてない?」
「……えっ?」
「この間、結婚式でスピーチして貰っただろ? その礼も兼ねて、新婚旅行の土産渡したいんだけど」
「いや……別に気を遣って貰わなくていいよ」
口ではそう言いながらも、心のどこかでは強引に誘って欲しい、そうすればまた西内に会えると思っていた。
「そう言うなよ。気を遣うような間柄じゃないだろ? おまえの好きな、酒のつまみになりそうな、ナッツとかビーフジャーキーとか買ってきたんだぜ?」
そう言えば、新婚旅行はものすごくベタにハワイに行くとか言ってたっけ……と思い出す。
「とにかく、今日の夜7時にいつもの居酒屋で待ってるから。絶対来いよ」
「あっ、ちょ、ちょっと待てよ……」
俺の言葉なんて何一つ聞かず、西内は一方的に会話を終わらせると電話を切ってしまった。呆然とする俺の耳に、ツーツーという音だけが虚しく聞こえてくる。
――くそっ、あいつ……いつも自分勝手過ぎるんだよ。
俺は唇を噛んで地面を見つめた。
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