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第11話
11.
いつもの居酒屋に7時に……と西内に一方的に言われ、良い気分ではなかったのにもかかわらず、俺は律儀に7時5分前に約束の場所に到着していた。
――これじゃまるで、会うの楽しみにしてたみたいじゃねえか。
これまでに何度も西内と訪れた居酒屋。最初に来たのは大学時代だった。仲間の一人がここでバイトをしていて、よくみんなで集まっていたのだ。そいつがバイトを辞めた後も、俺は西内と二人で来ていた。慣れ親しんだ雰囲気とか、好きなメニューがあったからとか、理由は色々ある。大学を卒業してからも、会社帰りに待ち合わせて、ここで飲んで愚痴を言い合ったりした。だけど、それもあいつから別れを切り出されるまでのことだ。この店に足を踏み入れたのは、久しぶりだった。
「お一人様ですか?」
若い女性従業員が声を掛けてきた。見たことがない顔だ。きっと新しく入ったバイトなんだろう。
「いや、連れがいるんだけど……」
俺はキョロキョロと店の中を見回す。見た限り西内の姿はない。まだ来店していないのだろうか? それとも、もしかすると、奥の個室の座敷に来ているのかもしれない。
「あれえ? 菊池さんじゃないですか」
突然名前を呼ばれて振り返ると、顔見知りの従業員が立っていた。
「久しぶりだね」
「ほんとっすよ。しばらく来なかったですよね?」
「仕事が忙しくてさ……」
「サラリーマンも大変ですよねえ。……そうそう、西内さん奥の座敷にいますよ。菊池さん来たら案内してくれって言われてたんです」
「あ、そうなの?」
やはり、西内は先に来ていた。なんとなく、そんな気がしていたが、勘が当たっていたということか。
「りえちゃん、こちらのお客様、3番の個室にご案内よろしく」
「はあい」
「じゃ、また! たまには飲みに来て下さいよ?」
「ああ、ありがとう。またそのうち時間出来たら寄るよ」
若い女性従業員に案内され、俺は奥の個室の座敷に向った。
「お客さまー、お連れ様がご到着ですー」
やたら語尾を長く伸ばす女の子だな……と思いつつ、俺は個室の襖が開かれるのを、ぼうっと見ていた。開かれた所に座っていたのは、西内。スーツのジャケットは脱いで、ワイシャツに緩めたネクタイ姿で、ビールを飲んでいた。相変わらずの男前ぶりだ。俺は遅ればせながら、何で来ちゃったんだろう? と後悔していた。ここへ来て西内に会ったら、一度は諦めた筈の全ての感情が蘇ってしまいそうだ、と分かっていたのに。
「よう、お疲れ。入れよ」
「……ああ」
俺は靴を脱いで、座敷に上がった。
「お客さまー、お飲み物はどうしますかー?」
「生ビール2つ。あと、食べ物のメニュー頂戴」
「はーい、かしこまりましたー」
女性従業員は、ニコニコしながら、食べ物のメニューをホルダーから取って西内に手渡した。
「お飲み物、すぐにお持ちしますねー」
襖がしゃっと閉められる音。俺は西内の前に座りながら、居心地の悪い思いをしていた。
「仕事忙しいのか?」
西内は今までと変わらない調子で、普通に話しかけてくる。そう、普通に友達同士が再会して、話をしているだけなのだ。それなのに、俺だけが馬鹿みたいに意識し過ぎるぐらい、意識しまくっていた。
「ああ……うん。西内は?」
「俺はまあまあかな。今の時期は一番暇なんだ。だから、新婚旅行も行けたんだけど」
何でもない事のように話す一言一言が、俺の胸を抉っているってことに、あいつはまったく気付いていない。
「そうそう、これ土産。おまえの好きそうな物、買ってきたつもりなんだけど」
西内は紙袋を俺の側に置いた。ダイヤモンドヘッドと海の写真に、でかでかとI♡Hawaiiなんて書いてある土産用の袋だ。
――よくこんなベタな袋、恥ずかしげもなく持ち歩いてきたな……
俺は西内が周りを全然気にしない人間だったのに、改めて気付いて苦笑した。
「中、見てみろよ」
「……ああ、うん」
紙袋の中は、ビーフジャーキーと色んな風味のカシューナッツ、チョコレートなんかがいっぱい入っていた。
「おまえ、酒のつまみにそういうのよく食ってただろ?」
「よく覚えてたね」
「当たり前だろ? 忘れる訳ねえよ」
西内はそう言って、にこっと笑った。
――そういう笑顔を俺に向けるなよ……
あいつの笑顔が好きだった。すごく優しそうな顔になるから。いつもその笑顔は俺だけに向けられてたのに……
今や目の前の元恋人は既婚者で、彼の可愛らしい妻がこの笑顔を独占してる、と思った途端に、嫉妬という名の醜い感情が湧き上がってくるのを感じていた。
「失礼しまーす」
急に声がして、先ほどの女性従業員が襖を開いた。
「生2つお持ちしましたー」
「ありがとう」
西内はジョッキを受け取ると、テーブルの上に載せた。
「お食事の方、お決まりですかー? 注文、お聞きしますよー」
「菊池、いつものでいい?」
西内はメニューから目線を上げると、俺の方を見て尋ねてきた。まるで、付き合っていたあの頃に時間が戻ったような気がした。
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