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第2話

2.  駅の高架下にあるしょぼい焼き鳥屋のカウンターに、俺は田崎と並んで座っていた。 ――なんで、この店?!  社内一のイケメン社員とやらが選ぶ店とはとても思えない。 ――ああ、そっか。俺が相手だから……  俺は納得した。きっと社内の可愛い女の子とか同期とか営業部の同僚とかと行く時は、小洒落た店に行くんだろう。俺みたいなのと行くから、見下されてこの程度の店でいいと思われてるだけだ。 「桜庭くん、何食べる?」 「……なんでもいい」 「じゃあ、適当に頼むよ?」  田崎はカウンターの中にいるおじさんに、壁に貼られている煤けたメニューを見ながら注文する。 「飲み物どうする?」 「生ビールでいい」 「おじさん、生2つね」  目の前にどん、と置かれた大ジョッキ。俺は無言で取っ手を掴むと、すぐにぐいーっと三分の一ぐらい飲み干す。 「もう飲んじゃったの、桜庭くん」 「飲んじゃいけなかった?」 「いや、乾杯しようかと思ってから」 「はあ? 俺はおまえと乾杯する気分じゃないんだけど」  これは本音だった。これから脅迫されようとしている人間が、なんで脅迫者と乾杯しくちゃならないんだ。 「良い飲みっぷりだね。もう一杯頼む?」 「まだ半分以上残ってる」 「じゃあ、半分以上飲んだらもう一杯頼んであげるね」 ――なんなんだよ、この男は!? ……そ、そうか!  俺は突然ひらめいてしまった。 「……俺を酔わせて、なんか弱点を吐かせようとか思ってるんだろ?」 「弱点? なに言ってるの?」 「こんなしょぼい店連れてきて、一体どういうつもりだよ?」 「しょぼい店? 桜庭くんは案外失礼だね。このおじさんの作る焼き鳥、すごい美味いんだぜ」 「……は?」 「営業の新人時代に先輩に連れてきて貰ってから、ずっと来てるんだ。……俺のとっておきの店だよ」 「……とっておき?」 「そう。……普段はよほど仲が良いヤツしか連れてこない、俺のお気に入りの店」  田崎はそう言って、にこっと笑った。ハンサムな顔が嫌味なぐらい余計ハンサムに見えた。 ――だから、そういう愛想笑いみたいなの要らないんだってば。  俺はぷいっと顔を背けた。  ハンサム過ぎるヤツは信用出来ない。  俺は元彼の宮本を思い出していた。  俺と宮本が付き合いだしたのは、本当に偶然の出会いからだった。ランチタイムのコンビニ。俺は弁当を買いに行っていた。そして、たまたま最後の1冊だった漫画雑誌を、彼と同時に手に取ってしまったのだ。まるで本当に漫画の中の出来事みたいだった。俺たちは慌てて手を離した後、お互い顔を見合わせて笑って……その時の宮本の笑顔がすごく格好良かったんだ。俺は一目で恋に落ちてた。  その後コンビニで弁当を買った俺たち二人は、近所の公園のベンチに並んで座って一緒に食べた。まさか同じ会社だったとは二人共思ってなくて、こんな偶然あるんだ、なんて意気投合して。自然と一緒に飲みに行ったり、食事に行ったり……それで気付いたら付き合ってた。宮本は男と付き合うの初めてだって言ってたけど、すごく大事にしてくれてた。  だけど、甘い夢を見てたのは俺だけだったんだ。  ずっと一緒にいられるって思ってたのに、ある日突然「大学の先輩と一緒に会社やることになってさ」と会社を辞めて、俺との関係もそれっきり。その大学の先輩とやらは女性で、その人と結婚することになったと風の噂で聞いた。  つまり、宮本は俺と付き合ってる間、その先輩とすでに関係があって、俺は二股かけられてたってことだ。 ――笑顔が格好いいヤツは信用しない。  俺は隣に座る田崎を冷たい目で見た。

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