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感度が良いのも問題ですね_4

「やはりここのナポリタンは最高ですね」 カウンターに腰掛けて、蓮沼は美味しそうにナポリタンを口にしている。 目の前ではマスターが珈琲を淹れながら、ありがとうと礼を口にした。 そんな二人のやり取りの最中、横目で眺めた店内はいつも混雑しているというのに、今日はがらんと空いていた。 「こんなに人がいないの珍しいですね」 差し出された珈琲を受け取ってマスターへと訊ねる。 「ああ、今日は商店街の方でお祭りがあるからね。みんなそっちに行っているんだよ」 「へえ、祭り」 「うん。俺も今日は早めに店を閉めて、お手伝いに行く予定だよ」 祭り……。 祭りかぁ……。 久しく行っていないな。 社会人になると子供の頃好きだったはずのものから遠退いていく。 それを大人になったのだと成長として捉える反面、何だか物悲しさもあるものだ。 「お祭りかぁ……僕、お祭りの焼きそば好きなんですよね」 またしても必要のない蓮沼の情報が追加された。 「ああ、イカ焼きも捨てがたいです。先輩は?」 問われて子供の頃の記憶を思い起こす。 祭りと言えば……。 「……綿菓子」 をいつも食べていた。 「……綿菓子?――ふっ、ははは」 俺の言葉を聞いて、蓮沼は突然笑い始める。 いや蓮沼だけじゃない。 目の前のマスターさえクスクスと笑っていた。 「な、何だよ?」 「ははは、すみません。あまりにも可愛らしい回答が返ってきたので、つい…」 口元を押さえつつも笑いが堪えきれないのか、肩が揺れている。 「かわっ……お前、また馬鹿にしてるだろ!」 「そんなことないですって。本当に可愛らしいなと思ったんですよ。ね、マスター?」 未だ笑い続けているマスターも話を振られて、困ったように眉尻を下げ俺を見る。 「ん?んー……ふふ、そうだね」 「マ、マスターまで……勘弁してくださいよ」 まあまあと宥めてくるマスターを余所に、隣の失礼な奴はまだ笑ってやがる。 「いい加減にしろ!」 ゴンっと音を鳴らして、俺の拳が蓮沼の頭に落ちる。 「痛っ……もう、殴るなんて酷いです……」 「黙れ。人のこと馬鹿にしやがって」 「馬鹿にした訳じゃないんですけどね」 頭を殴られたというのに、蓮沼の頬は緩んで見える。 コイツ、もしかしてMっ気もあるんじゃないだろうな……? 「二人とも何だかんだで仲が良いね」 マスターの微笑みと共に投げられた言葉に、俺は食い気味で否定する。 「何処をどう見たらそうなるんですか……」 「えぇ?うーん…見たままを言ったんだけど」 「仲良くなんてありません!むしろ俺はコイツが嫌いです!」 はっきり申し立てをすれば、後輩はやれやれと肩を竦めた。 「本当、素直じゃないんですから」 「俺はいつだって素直だよ!」 「嘘。先輩ってツンデレってやつですよね」 コイツは……一発じゃ足りなかったようだ。 再び拳を握り締めるとマスターからは見えないカウンターの下で、スッと太腿を撫でられる感覚がした。 突然の刺激に下を見れば蓮沼の左手が、ゆっくりなぞるように動き回っている。 「おい、やめ――」 蓮沼を睨めば妖艶に笑い、口元には空いていた右手の人差し指を添えられている。 その口が音もなく言葉を紡いだ。 『し・ず・か・に』 そう確かに紡いだ口は再び弧を描いた。

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