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釣った魚に餌はやらない_2
会議室の件から三週間。
「先輩、明日の会議で使う資料です。ここに置いておきますので確認お願いします。本日頼まれていた仕事は全て終了しましたので、今日は上がります」
業務的な喋り方で淡々と告げられていく言葉に、俺の入る隙はなく、蓮沼は帰り支度を始めた。
「では、お先に失礼します」
ニコッと作り笑いを浮かべ蓮沼は立ち去っていく。
「……お疲れ」
と小さく呟いた声は恐らく蓮沼には届かなかっただろう。
あれ以来蓮沼は俺に絡んでこなくなった。
仕事の話以外は一切話しかけてこない。
定時にはきっちり仕事を終わらせ、何か仕掛けてくるでもなく帰っていく。
いや確かに俺が望んだあるべき姿だ。先輩と後輩のあるべき姿。
「…………何なんだ、このモヤモヤは」
「――何か悩みごとかね?」
「うおっ!?」
突然耳元から聞こえてきた声に慌てて振り向けば、ニコニコと佇む上司。
で、出たな狸じじい……。
「急に後ろから話し掛けないでください」
「いやいや珍しく哀愁漂う背中だったんで、つい。で、何か悩んでるのかね?」
「いえ悩みと言うほどでは……」
蓮沼のことで悩んでるなんてこの狸じじいには死んでも言いたくねぇ……。
「ふむ……時に最近蓮沼くんとは上手くいってるかね?」
「え、は、蓮沼ですか?」
タイムリーな名前に一瞬言葉に詰まった。
「何動揺してるの?」
「え、いや、随分いきなりだなーと」
「だって君、彼の教育係りでしょ。様子は?どうなの?」
「あ、ああ……そうでした」
アイツ、俺の指導なんて必要ないから教育係りとかすっかり忘れてた。
「そうでしたって、君ね……」
「ああ、すみません。ですが彼はとても優秀ですよ。俺の指導なんて必要ないぐらいに」
「ふーん、まあ何はともあれ仲良くやってよね。彼、優良物件なんだから辞めさせたりしないでね」
更に念を押されるように肩を叩くと狸じじいは自分のデスクへと戻っていく。
むしろ辞めたいのは俺の方だよ……。
アイツが来てからと言うもの全てが滅茶苦茶だ。
振り回されてばかりいる。
折角自由になったのにどうして……。
一体いつまで俺を振り回せば気が済むんだよ。
「…………帰ろ」
幸い、手の空いた蓮沼が俺の分まで仕事を片付けたお陰で急ぎの案件はない。
帰り支度を済ませ、お疲れ様ですと狸じじいのデスク横を通った背中に、仲良くね!と再度言葉を投げつけられ俺はフロアを後にした。
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