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釣った魚に餌はやらない_4

連れられて入った店はいかにも高級そうなレストランだった。 ドラマでしか見たことない光景に、それでなくとも乗り気でなかった気分が更に降下していく。 苦手なんだ、こういう場所は。 席へと案内されると部長はワインを二つ注文した。 「あ、俺、アルコールは……」 「折角だし軽く一杯だけ付き合ってくれないか?」 朗らかな笑みに押し切られれば首を縦に振るしか選択肢は残されていない。 「それじゃあ一杯だけ……」 「ありがとう。それからそんなに緊張しなくても大丈夫だよ。肩の力抜いて、ね?」 さすが洞察力が鋭い、もしくは俺が分かりやすいのかもしれない……。 「俺、こういう店入ったことなくて……」 「大丈夫、ドレスコードもないから」 確かに私服の客が多い。 「何か苦手な食べ物はあったかな?」 「これと言って特には……」 「良かった。苦手なものがあったら遠慮なく言ってくれ」 「はい、お気遣いありがとうございます」 そんなやり取りの最中、ワインが運ばれてくる。 白ワインがグラスに注がれると弾けるように香りが鼻へと届く。 「良い香りですね」 思わずワインを注ぐ店員の男性に声を掛けてしまうと、男性と部長はクスクスと笑った。 「ありがとうございます。当店の一番人気ですので、お召し上がりください」 綺麗なお辞儀をして男性は下がっていく。 部長はグラスを手にすると俺の方へそれを傾けた。 「お疲れ様」 俺も同じようにグラスを手にして、部長のそれと重ね合わせ軽やかな音を鳴らす。 「お疲れ様です」 互いに香りを楽しんでから軽く一口含み舌の上で転がしてみた。 「どうかな?」 「美味しいです、とても。正直ワインってあまり飲まない方なんですが、これは癖になりそうですね」 社交辞令ではなく本当に美味しい。 今度アイツも連れてきてやるか……。と自然に蓮沼の顔が頭を過り、思考を止める。 いやいやいや、馬鹿か俺は。 何でここで蓮沼が出てくるんだよ。 俺とアイツのお遊びはもう終わったんだ。 今後二人で出掛ける機会なんてあるわけない。

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