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釣った魚に餌はやらない_5
とんでもない方向に考えを持っていこうとする自分を叱咤する。
頭を振りかぶると部長は首を傾げた。
「どうかした?」
「いえ!何でもありません!」
余計な考えを流すようにグイッとワインを煽る。
「美味しくてどんどんいけますね」
「気に入ってくれて良かった。もし良かったら一杯と言わず好きなだけ飲んでいいからね」
白がおすすめだけど赤も負けず劣らず美味しいよ、と言う部長の言葉に乗せられて赤ワインも注文する。
その合間に運ばれてきた料理も舌鼓を打つ旨さだった。
コース料理なんてお高くとまって味なんて大したことないと思っていたが、そんなことはなかったらしい。
「旨っ!」
「良かった」
「あ、すみません……つい口に出してしまって……」
「どうして?素直に喜んでくれて嬉しいよ」
言葉、態度の端々に余裕が見られる。
本当、三つしか違わないのになぁ……と改めて部長との歳の近さを感じる。
「……部長が女性社員から人気を集めている理由が分かる気がします」
「え?」
「格好いいですよ、男の俺から見てもそう思います」
俺の言葉が意外だったのか部長は目を丸くした。
それから口元が弧を描く。
「ありがとう、嬉しいよ。でも私は単純な人間だから君にそんな事を言われると、とても期待してしまうよ」
流れるように伸ばされてきた手が俺の前髪を掬った。
「ぇ……え!?」
「なんて冗談だよ。はは、君は顔に出やすいね」
一瞬ドキッとしたが冗談だと笑った部長に胸を撫で下ろす。
ビックリした……まさか部長までゲイなのかと。いやいや、そうそうゲイなんて居るわけない。居りゃ苦労してないっての……。
人に隠しながら生きていく必要だってない……。
「……すまない、気を悪くさせてしまったかな?」
「え……?」
「凄く難しい顔をしていたから」
更に眉間のシワを指摘されて、指先で揉み消す。
「すみません、考え事をしていました」
「今日は、考え事が多いようだね」
「本当すみません。部長と食事をしているのに」
目の前に相手が居るというのに考え事ばかりは失礼だ。
しっかりしろ、俺。
これだって立派な仕事の一つだろうが。
「咎めている訳じゃないよ。ただ少し気になっただけなんだ」
「はぁ……」
「ところで訊きたいんだけど、どうして最近あの優秀な彼とはご無沙汰なんだい?」
唐突すぎる質問にグラスを傾けていた俺は、盛大に咽返った。
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