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釣った魚に餌はやらない_6

「ゴホッ……ゴホッ……な、何ですか、いきなり……」 「君が元気がないのは彼が関係しているんじゃないかと思ってね。違うかい?」 「ち、違います!断じて違う!」 思わず体を前のめりに倒して抗議の声をあげた。 「はは、そんなに全力で否定されると疑わしいよ?」 「うっ……」 「そういう可愛らしい反応を見せてくれるようになったのは彼の影響なのかな?」 「かわっ……なっ……からかうのは止めてください……」 冗談にしても笑えない、全然嬉しくもない。 俺がアイツの影響を受けてるだって? そんなことあるわけない。 「からかっていないよ。全部本当のことさ」 「それなら尚のこと嬉しくないです」 「私のイメージする水原くんはもっとクール……と言うよりはあまり周りに関心を示さなかったように思えたよ」 「はぁ……」 そうだったか? そんなことはなかったと思うんだが。 自分が思う評価と他人が思う評価には大分差があると言うことか。 「彼が来てから君は毎日楽しそうだ」 「………部長、それは何かの見間違いです」 蓮沼が来てから毎日楽しそう? 冗談じゃない。むしろその逆。 毎日地獄だったっつーの! 「一応教育係りでしたから面倒は見ていましたが、断じて楽しかったわけではありません」 ここはしっかり否定しておかなければなるまい。 「はは、君には自覚がないんだね」 クスクスと笑いながら部長はワイングラスを口元に運ぶ。 倣うように俺もワインを口へ運ぶと、ちょうどグラスの中が空になった。 「飲むかい?」 飲む気は更々無かったが、何とも言えないもやもやとした気持ちを押し流してしまいたい。 「……いただいても宜しいですか?」 「構わないよ。好きなの頼んでくれ」 部長が軽く手を挙げると店員がすぐにオーダーを取りに来る。 最初と同じ白ワインを頼んだ。 「喧嘩でもした?」 どうやら蓮沼の話題を終わらせてはくれないらしい。 「そんな事ないですよ。子供じゃあるまいし」 「そう?大人でも喧嘩はするよ」 「……喧嘩をするような親しい仲ではありません」 何だってこの人はアイツと俺を仲良しこよしにしたがるんだ。 「……自覚がないってのはある意味罪深いね」 「え?」 「いいや、何でもないよ。忘れてくれ。そろそろ料理のメインディッシュだ」 狙ったかのように運ばれてきたパスタは悶絶するほどに旨かった。 それから部長は何かを察してくれたのか蓮沼の話題に触れてくる事はなかった。

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