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釣った魚に餌はやらない_8
「何で知って……まさかアイツが……」
「アイツ?ああ、蓮沼くんのことかな?残念ながら違うよ、私が知ったのは偶然さ」
顔の距離が少し近付く。
「八条通りのバー、君の行きつけだろう?」
確かにその通りだ。
八条通りにあるバーはあの一件だけ。
蓮沼と鉢合わせたあそこだけだ。
会社からは結構な距離にあるし、何よりあそこはそう言った奴らが集まる場所だ。
「あの店、知り合いが働いているんだ。その知り合いの仕事終わりに会う約束をしていてね。店の近くまで行ったら、ちょうど君が出てきたんだよ。蓮沼くんを連れ立ってね」
おいおい嘘だろ……どんだけ厄日だったんだよ。
「もちろんあそこがどんな店かは知っているし、顔もしっかり確認出来た。言い逃れは無理だと思うよ?」
勝ち誇ったように笑む顔は確信に満ち溢れていて、到底言い訳なんて意味があるとは思えない。
開き直るしかないか……。
「だったら何だって言うんですか?俺がそっちの人間だからと言って何か問題でも?」
「はは、案外素直に認めたね。うーん、特に問題はないよ。むしろ好都合」
「…………?」
「言っただろう?慰めてあげようかって」
部長の指先が喉仏を伝って滑り落ちていく。
「……っ、部長もお仲間って訳ですか?」
「ん?どうかな?普通に女性とも付き合っていたよ。男に興味を持ったのは君が初めてかな」
「俺に抱かれたい願望がお有りで?」
「まさか。私が君を抱きたいんだよ」
それこそ冗談だろうと鼻で笑った。
こんなゴツゴツした高身長の男を抱きたい物好きなんて、あの変態野郎ぐらいのもんだ。
「酷いなぁ、結構真剣に口説いているんだけど?」
「申し訳ないですが、俺は抱く方専門なんで。ケツ洗って出直してもらえますかね?」
「なかなか手厳しいな。でも今の状態で言われても可愛いだけだけどね」
身体を這っていた手を払い除けようとして、逆にその手を掴まれる。
「まともに歩けもしないだろう?ほら、私に掴まって」
「結構です。離してください」
強がっては見るものの視界はぐるぐる回る。
「ふらふらで全然前に進めてないよ。タクシーを呼んであるからそこまで支えてあげよう。そこからの行き先は私に任せてもらうけどね」
後ろから抱え込まれるように肩を抱かれれば、身動きが取れない。
「離っ――」
「しーっ、あんまり大声出すと騒ぎになるよ?」
耳元で落とすように囁かれればゾクゾクと何かが背中を走る。
だけど蓮沼が囁くときに走るゾクゾク感とはまた違う……。
圧倒的に勝る嫌悪感。
「ほら行こうか」
「やめ、離っ……」
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