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釣った魚に餌はやらない_15
「僕、猫好きだって言ったでしょう?」
顔を上げず蓮沼は切り出した。
ああ、あの最悪な厄日かと思い出し、苛立ちが募る。
「先輩って猫みたいですよね」
「…………は?」
「あ、ネコって本物の猫ですよ?」
「分かってるよ。全然似てねーだろ、どう考えても」
頭に浮かんだ路地の野良猫達……。いやあんな可愛い生き物と俺がどう似てるんだよ。
「ふふ、似てますよ。近付いたら逃げるくせに、離れたらすり寄ってくる」
「誰がすり寄った、誰が!」
「例えですよ、例え。猫っぽいって言いたいんです」
「……おい、まさかそれが好きな理由とか言うんじゃないだろうな?」
「いけませんか?」
至極真面目な声音に俺は言葉を詰まらせた。
おい、嘘だろ?
人生告白というものは何度かされたが、猫に似てるからなんて聞いたこともない。
そんな理由で人を好きになるのか?
いや今時の若者の間ではもしかしたらこうなのか……え、もしやジェネレーションギャップ……?
なんて捲し立てるように頭は回転していく。
そんな最中、顔を埋めたままの蓮沼が肩を震わせていることに気付いた。
「…………お前、俺のことからかってんだろ」
「ふっ……はは、いえ、そんなことは……ふふ……」
「笑ってんじゃねーよ、殴るぞ」
「酷いなぁ。だって先輩、すごい真面目に考えてるから」
「また騙しやがったな?」
「嘘ではないです。僕、嘘はつきませんから。でもそうですね、猫に似ていると言うのは、更に先輩を好きになった要因の一つです」
「あ?じゃあ何がきっかけだったんだよ?」
「うーん……笑いません?」
「人のこと笑っといてよく言うぜ」
確かに、とまた一笑した蓮沼は肩口から少し顔を離すと瞳を覗き込むように合わせてくる。
「一目惚れです」
「一目……惚れ……?」
「ええ、あのバーで初めて水原先輩を見た時、一目惚れしました」
俺とは縁の無さすぎる単語だ。
「な、何だよ、それ……青臭い青春じゃあるまいし……良い歳した大人だぞ?」
「大人だから青春しちゃいけないなんて決まりはないです」
「そりゃそうなんだが、そうじゃなくて……」
「だって仕方ないでしょう?嘘偽りなく事実なんですから」
……若いって怖い。そして眩しい。
「いけませんか?」
「わ、分かった……分かったからそんな眩しい視線を向けるな。俺には毒だ。そしてお前はやっぱり少女漫画の住人だ」
「何訳分からないこと言ってるんです?」
「俺の台詞だっての!」
歯の浮くような台詞をつらつらと言ってのけるコイツは絶対に住む世界の違う人間だ。
そうに違いない。目頭を押さえて改めて思う。
「それじゃあ好きな理由も分かっていただけましたし、良いですよね?」
「何が?」
「言ったじゃないですか、抱きますって」
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