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釣った魚に餌はやらない_27

……頭の中でずっと鐘を鳴らされてる気分だ。 「先輩、大丈夫ですか?」 隣に腰掛けている蓮沼の問いに、ああ、と短く返すのが精一杯だ。 悪夢のような一夜が明けた。 残念ながら週末ではなく、普通の出勤日だった為にホテルから真っ直ぐ出社したのだが……二日酔いが抜けず朝から苦しんでいる。 ようやく迎えた昼休み、いつもの喫茶店へと逃げ込んでマスターが特別に作ってくれた味噌汁を口にして、少しは落ち着いてきた。 「…………なんでついてくるんだ」 当然のようについてきた後輩は優雅にも珈琲を飲んでいる。 「そりゃあ心配だからですよ。だって昨晩あんなに喘がせ――」 「――やめろ、それ以上言ったら殴る」 「ふふ、はいはい」 朝は朝で大変だったんだ。 部屋の前で鉢合わせた蓮沼兄、祥葉が顔を見るなり煩いぐらいに騒ぎ立てた。 『なんでいるの!?てか何で祥元と同じ部屋で寝てるの!?ずるいー!!俺とは嫌だって言ったのにー!』 とか何とか。 とにかく朝から煩いし面倒臭かった……。お陰で家に帰る時間も無くなってしまったために、今着ているワイシャツも蓮沼が持っていた予備だ。 「ふふ、いいですよね」 「…………何が?」 「彼シャツ」 「……もう黙れよ、お前」 こっちは喋るのだって辛いんだ。 両手で顔を覆ってテーブルへと突っ伏した。 「辛かったら薬買ってきますよ?」 そんな言葉と共に後頭部を優しい手が二度撫でた。 厄介な手だと思う。 心地がよくて身を委ねてしまいそうになるから。 「……いらん」 「そうですか?あと半日ですから、頑張って下さい。どうしても辛かったら僕に甘えても良いですよ。だって……」 “彼氏ですから”、突っ伏したままの俺の耳元で蓮沼は囁き、俺は慌てて顔をあげた。 「なっ、だ、誰が!」 「え?だって僕達両想いじゃないですか」 晴れ晴れとした笑顔に羞恥なんて微塵も感じられない。 「な、違っ…俺は好きなんて言ってない!」 「言葉にしなくても分かりますよ」 伸びてきた手が頬を滑る。 「身体は素直でしたもんね?」 「ばっ……」 「それに逃げなかったでしょう?あれは先輩の意思だ」 「それは……」 「こんなに条件が揃ってて、どうして好きじゃないなんて言えるんです?」 一応人の目を気にしてか、蓮沼の手はすぐに引いていく。 「ね?」 これまで見てきたどんな笑顔よりも腹立たしい勝ち誇った笑みだった。 「僕、付き合うと結構独占欲強いのでよろしくお願いしますね」 「だから付き合ってねーよ!別に好きじゃない!」 「往生際が悪いなぁ。そこも可愛いですけど」 だ、だめだ……日本語が通じない……誰か通訳を……。 「まあ、いいです。逃げなかったのは事実ですからね、そこだけは忘れないでください」 立ち上がった蓮沼は伝票を手にした。 「ほら行きますよ、昼休みは終わりです」 歩き出した背中を見て思う。 俺は間違った選択をしてしまったのではないだろうか…………。

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