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波乱万丈なんて望んでない_2
揺れるバス、隣には旅行ガイドを熱心に読む後輩。
「…………おい」
「どうしました?」
俺の不安なんて他所に社員旅行の日を迎えてしまった今日。
「何で隣に座ってる?」
貸し切りバスでの移動は、しっかりと座席が決まっていたはずだ。
俺の隣は狸じじいだっただろ!
「まあ、いいじゃないですか。僕と一緒に観光ガイドブック読むのと、狸じじいの小言をずっと聞き続けるの、どっちがいいです?」
「…………………………」
何つー苦渋の選択。
「ん?お前今狸じじいって言ったか?」
「ああ、先輩の受け売りですよ」
「え!?俺口に出してたか……?」
「ええ、デスクでPCに向かっている時なんかはブツブツ呟いてますよ」
その時の様子でも思い出してるのか蓮沼はクスクスと笑う。
「言えよ!」
「嫌ですよ。だって可愛いし」
「なっ……!」
コイツの目はどう考えても腐ってる……いや違うな、頭が腐ってるんだ。
「先輩は僕の教育係りですからね。何でも吸収しないと」
「都合いいこと言うな、本当生意気だな」
「ふふ、そんなこと言うと意地悪したくなってしまいますね」
ガイドブックを閉じて、空いた蓮沼の右手が俺の太股を撫でた。
「おい、ばか、やめ――」
「なーんてね、冗談です。先輩の声の大きさじゃすぐバレちゃいますから」
ぶっっっっ飛ばしてぇーー!!!!
「……一発殴らせろ」
「殴ったら問答無用でキス一回」
再び開いたガイドブックへと目を通す後輩は、残念ながら有言実行型だ。
「あ、今日の旅館客室露天風呂付きですって。興奮しちゃうなぁ」
「……はぁ……帰りたい、今すぐに」
波乱万丈な社員旅行の幕開けなんて、誰も望んでない………。
「楽しみましょうね、水原先輩?」
「…………………」
バスは走り続け、旅館に到着したのはその数十分後のことだった。
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