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波乱万丈なんて望んでない_4

温泉街を抜けると次に立ち並ぶのは土産が目を引く出店だ。 温泉まんじゅうを扱う店からは良い薫りが立ち込める。 「良い匂いだな」 「買っていきましょうか?」 「晩飯前だろ……」 「少しぐらいなら平気ですよ」 上機嫌な蓮沼は言うな否や足早に温泉まんじゅうを買いに行く。 まだ食うって言ってないだろ……。 それでも楽しそうな背中を見れば怒る気は起きず、やれやれと嘆息した。 小さな紙袋に入った温泉まんじゅうを手に戻ってくると一つを差し出される。 「いくらだった?」 「このぐらいいいですよ。それより冷めてしまいますから早く食べてください」 手渡されたまんじゅうは温かく、まだ湯気が立っている。 早く早くと急かされるまま口にすれば、想像以上にふんわりとした生地、それから上品な餡の甘さが薫り立つ。 「うま……」 思わず手元にあったまんじゅうを凝視すれば、蓮沼はクスクスと笑う。 「ふっ、素直ですね」 「悪いかよ……」 「いいえ、とても可愛いです」 「前から思ってたんだが、お前の目に俺はどう見えてんだ?それとも頭がおかしいのか?」 「ご心配無用ですよ、どちらも正常ですから」 そう言ってまんじゅうを口にした蓮沼も綻んだ表情を見せる。 「お前も十分素直だと思うぞ」 「そうですか?先輩の前だからですかね、気が抜けているのかも」 「……お前の参考書、絶対少女漫画だろ」 「はい?」 良くもまあ、女子が喜びそうな台詞が次から次と出てくるもんだ。 「美味しいですね。持ち帰り用も売ってるみたいですし、これにしますか?」 「そうだな。蓮沼は家族にか?」 「ええ、先輩は?」 「今回来れなかった奴らと、あとマスターにな。この前の味噌汁の礼だ」 そう言えば、と蓮沼は思い出したように口を開く。 「マスターとは付き合いが長いんですか?」 「まあな。何だかんだ長いな……俺も最初は先輩に連れてってもらったんだよ」 「先輩の先輩ですか?」 「ああ、と言っても大学時代の先輩だけどな。たまにあの店に来てるから、そのうち会えるかもな」 蓮沼にしては珍しく興味を持ったようで、神妙な面持ちで俺の話に耳を傾ける。 仕事の話もこんだけ真面目に聞けば可愛げあんのにな。 「そんなに気になるのか?」 「ええ、とても気になりますね。水原先輩と身体の関係があったのかどうか、凄く気になります」 至極真面目な顔で何言ってんだ、コイツは。 「ねーよ!誰彼構わず手ぇ出すと思うな、馬鹿!」 「あ、そうなんですか?結構遊んでいると思ったので、つい」 「それ言うならお前の方が怪しいもんだぜ」 こんなおっさんに手ぇ出すぐらいだ。どうせ遊び回っていたに違いない。 いや現在進行形で遊んでるのか、俺で。 「まあ、否定はしませんが……」 何だ、やっぱりそうじゃねーか。 「でも僕が好きになって、こんなに言い寄って、捕まえて、自分だけのものにしたいと思ったのは水原先輩だけですから。過去のことは大目に見てください。ね?」 「……一体何人の奴らに同じ事言ってきたんだ?」 「ふふ、酷いなぁ。そんなに信用ないんですか、僕」 「ねぇーな」 「それは手厳しい」 何だかんだと言いながら、その顔に浮かぶ笑みは楽しそうで……。 「日頃の行いだろ」 「えぇ?それならもう少し信用されてもいいと思うんですがね」 「どこがだ」 「こんなに尽くしてるのに。仕方ないですね、それじゃあ今まで以上に愛を伝えるとしましょう」 こんな馬鹿馬鹿しいやり取りも存外悪くないと思ってしまう自分も……きっと、毒され始めてるんだ。

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