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波乱万丈なんて望んでない_11

蓮沼はクスクスと笑ったまま露天風呂へと足を踏み入れ、湯船の縁に俺を降ろした。 てっきり湯船の中に突っ込まれると思ったがそうではないらしい。 「……何する気だよ?」 怪訝に見上げると蓮沼は憎たらしい程口角を上げてみせる。 「何って、入浴に決まっているでしょう?」 恥ずかしげもなく自身の帯を解くと、肩から浴衣が滑り落ち強かな肉付きの肌が露になる。 バランスの良い体は、やはり男として羨ましいと思わせる。 「それともご期待に添いましょうか?」 「誰も期待なんかしてねーよ!」 はいはい、と空返事をしながら下着まで脱ぎ捨てた蓮沼はそのまま湯船の中へと入っていく。 コイツ、本当に酔ってないんだよな……? 「先輩も一緒に楽しみましょう?せっかくの客室露天風呂ですよ?」 「お前、酒入ってんのに危ねーぞ」 「大丈夫ですよ、あのぐらいのアルコールじゃ」 あのぐらいって……結構飲んでた気がすんだが……。 「まあ、でも心配してもらえるのは嬉しいですね」 「いや人として当然だろ」 「ふふ、じゃあ僕が倒れてもいいように一緒に入りましょう?ね?」 肩まで浸かり、すっかりとリラックス気分の後輩は後頭部を浴槽に預け、空を仰いだ。 「あ……星、綺麗ですよ」 「え……」 釣られて空を仰げば、大小瞬く星が目に飛び込んでくる。 「――綺麗だ」 「先輩みたいですねって言ったら喜んでくれます?」 「……頼むから止めてくれ。鳥肌立った」 「ふっ、ははは、ですね。さすがに僕もないなって思います」 「だったら言うな、気色悪い」 互いに空を見上げたまま、それでも蓮沼が楽しそうな表情を浮かべているのだと分かる。 「――洸さん」 笑い声の終わり、突然耳に届いた自分の名前に思わず目を見開いて湯船へと視線を落とした。 「洸さん」 そこには慈しむような表情を見せて俺を見る顔がある。 なんて顔をするんだろうか。 そんな顔をされたら返す言葉が見つからないのに。 「洸さん」 湯に濡れた手が差し出され、優しい声音が耳に響く。 「……っ……名前……生意気……」 「酔っ払いの戯れ言ですから許してください」 つくづく調子のいい奴だ。 そう思うのに、差し出された手に吸い寄せられてしまうのはどうしてなんだ……。

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