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波乱万丈なんて望んでない_20
本当、一言多いなコイツは。
それでも優しく額に触れた唇の感触に、ほんの少しだけ絆された。
「歩けます?また運んであげましょうか?」
「いい、歩ける」
それは残念ですと肩を竦めた蓮沼は水音を立てて先に湯船から上がっていく。
その姿を見て、背中まで綺麗な筋肉の付き方してんだなと感心した。
「ふふ、そんなに見つめられると恥ずかしいですね」
「嘘付け。見られることに慣れてるくせに」
「先輩に見られると、ですよ」
湯船から上がり差し出されていたバスタオルで乱暴に頭を拭った。
戻った“先輩”呼びに感じた寂しさを振り払うように。
「そう言えば、その後部長とは何もないですか?」
「へ?ああ、特に……。部長だって忙しいんだ。俺みたいな部下一人にそんな構ってらんねぇだろ。最近は出張が多いみたいだし、今日だってそれで来られなかったって聞いた」
「へぇ、そうですか」
何だよ。自分が訊いてきたくせに、大して興味のなさそうな反応しやがって。
「…………先輩、これは僕からのお願いですが」
「?」
「簡単に身体を許さないでくださいね。特にあの部長は油断なりません」
「………………お、お前が言うな!部長よりお前の方がよっぽど危ないっつーの!」
「僕と先輩は両想いですから、何ら問題ありません」
問題しかないんだが……?
「いいか、何度でも言うが俺はお前を好きだなんて言ってない!」
「以前も言いましたが、僕は独占欲が強いので。尻軽を抱く趣味はありません。しっかりと貞操守ってくださいね」
「てっ………おい、頼むから一発殴らせろ」
「お断りします。先に戻ってますね。早く浴衣着ないと湯冷めして風邪引きますよ?」
未だ全裸の俺に対して蓮沼はちゃっかりと浴衣を身に着け、部屋の方へと戻っていく。
慌てて浴衣に袖を通し後を追い掛けたが、蓮沼はすでに夢の中。
寝相の悪い狸じじいとは対称的に仰向けの綺麗な姿勢で規則正しい寝息を立てていた。
寝付き良すぎだろ……まあ、酒も入ってたしな。
近付いて試しに頰を突いてみたが起きる気配はなく、本当に眠っているようだ。
「…………だーれが両想いだっつーの。ばーか」
両想いなんて俺には程遠い世界の話。
そう、夢物語にすぎないんだ。
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