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翔の祈り:「Suite ~君の名の、組曲~」二次SS
血の気が通っていないようにすら見える青白い肌。長くて濃い睫毛 と大きな瞳は榛 色。高く通った鼻梁 。
「お前の顔って、ビスクドールみたいだよな」
何度も肌を重ね、汗や体液でドロドロになった身体を横たえながら、隣で気だるげにしている耀 に呟くと、奴はフッと鼻で笑う。
「はっ。人形ねぇ……。俺を抱きたがる奴らは、お人形みたいにおとなしく抱かれてるだけじゃ満足しなかったけどな。俺が痛みや恐怖で泣いたり、快感で顔を歪めたりするのを見ないと不満で、それこそ酷い暴力振るわれたよ。
てか、翔 、よくビスクドールなんて知ってたね。アンタのボキャブラリーにその単語があったことの方が驚き」
「あー。昔セフレだった女が、欲しがってたんだよ。金貯めて綺麗なお人形買うんだって、スマホで見せてきてさ。人形だけ綺麗でどうすんだよって何気なく言ったら、泣き出すやつ。『自分がこんなビッチだからこそ、綺麗なものが欲しいの。どうして分かんないかな』ってキレられて、連絡取れなくなったから覚えてる」
しょうもない俺の話に、彼は目を細め、くつくつと声を立てずに身体を震わせて笑っている。
こういう時の耀は、比較的落ち着いている。俺は、耀の心を穏やかにできたことに満足し、彼の頭の下に腕を差し込む。今日は素直に、俺の腕に頭を預けてきた。
もう一方の手で、燃える様な深紅に染められた髪を梳いてやる。よほど機嫌が良いのだろう。彼はグルーミングをされてる猫のように気持ち良さそうに目を細め、口元に小さく笑みを浮かべている。
薄氷 を履 むようなギリギリの日々を重ねて、ようやく俺が手に入れた、かりそめの幸せだ。
***
初めて会った時の耀は、色んな意味でヤバかった。
顔立ちは綺麗なのに、表情は荒 み、邪悪さすら漂わせている。まるで悪魔に見染められてしまった故の不幸を背負っているように見えた。深紅の髪は、火あぶりにかけられた殉教者を包む炎。数え切れないほど開けられた耳のピアスは、キリストに打ち込まれた釘と見まごう。
そもそも、輪姦 されそうになってたのを助けたのがキッカケだったと記憶している。
最初、俺にとって、耀は単なるセフレだった。そもそも俺は、耀の前には女としか付き合ったことはなかった。耀は綺麗な顔をしてるから、面白半分で抱いたに過ぎない。
妊娠のリスクはない。
ハードなプレイも、喜んで受け入れる。
しかもとびきりの美人。
成り行きでベッドを共にすることになり、服を脱がせて、度肝を抜かれた。
痩せているとは思っていたが、肋骨や背骨が浮き出るほど細い。拒食症を疑った。しかも、滑らかできめ細かな肌なのに、無数の古傷がある。左の二の腕には包帯を巻いていて、そこだけは触れられるのを嫌がった。
(自分で付けた傷なんじゃねえのか? こりゃあ、聞くまでもなくメンヘラだろ……美人だけど、地雷案件だぞ。どんなにセックスが良くても、二度目はねぇな)
プレイも、すごかった。
頼んでもいないのに、俺のあそこを貪欲に舐めしゃぶる。それも、まるで手練れの娼婦みたいにいやらしく。いざ本番に突入すると、目の色を変え、少し鼻にかかった掠れた声で喘いで、腰を振りまくる。あんな細い身体のどこに、こんなエネルギーがあるのかと疑った。身体が柔らかいのか、どんな体位でもできるし、ハードなプレイになればなるほど燃えるみたいだった。
でも、目が暗いのだ。どんなに派手な喘ぎ声をあげても、どんなに大量に白濁を吐き出しても、幸せそうに見えない。
コイツにとっては、セックスは自傷行為なんじゃないか。一度寝ただけで、俺は何となく察知した。こんなクレイジーな奴、遊びでしか関わるべきじゃないと、本能的な危機察知能力が俺に告げる。
……それなのに。
つい、身の上話なんか聞いたのが失敗だった。耀は、クソみたいな義父に虐げられ、それでも、酷い環境から、どうにか抜け出そうともがいていた。俺のほうは、血の繋がった実父だったが、殴るわ、酒飲むわ、金にだらしないわの三点セットで、最悪の親だった。
俺たちは互いの親のゲスさ加減を嗤 い、憤り、この世の中に、こんな思いをしているのは自分だけではないと感じることで、孤独から逃れ、慰め合った。
耀は、しょっちゅうトラブルに巻き込まれていた。「類友」じゃないけど、邪悪なオーラを放ってると、弱い奴ら、汚い奴ら、卑怯な奴らが、次から次へと湧き出てくるのだ。耀のほうも、ストレスが溜まるとヤバい男とホイホイ寝ようとするから、それを止めるために、仕方なく俺が抱いてやるようになった。
何くれとなく面倒を見るうちに、俺は耀に惚れていた。でも、耀の心が俺にはないことも分かっていた。
本当は恋人同士になりたかった。そして、耀をひたすら甘やかすセックスがしたかった。「好きだよ」って何度も耳元に囁いて、くすぐったがらせて、身悶えするくらい優しく愛撫してやって、イキそうでイかない時間をゆったり過ごしながら見つめ合って、クスクス微笑んで、何も特別なことなんかしないで、互いの身体だけで絶頂に達するような。
耀への気持ちを自覚してから、過激なSM的プレイや玩具 を使うプレイは、本音を言うと、俺はあまりやりたくなかった。
でも耀は、俺に恋人みたいな振る舞いは望んでいない。「付き合おう」と言えば、硬い表情で「俺はセフレのままが良い」と答える。俺がこれ以上自分の気持ちを剥き出しにしたら、耀は逃げてしまう。……逃げたって、どうせ、お前、行き場所なんかないんだろ? だったら、利用されてると分かっていても、せめて俺の腕の中にいて欲しかった。性欲だけでも満たしてやりたい。
裸になった耀が一番無防備な表情を見せるのは、鏡を見ながらマスターベーションに耽 る時だった。
(クソ義父 にブチ犯されて、セックスでは精神的な不感症になっちゃってるから、自分でしてる時のほうが、自分を取り戻せるのかな?)
そんな風に思っていた時の俺は、呑気だった。
誰に対しても無関心で、どうでも良さそうな態度しか取らない耀が、唯一感情を剥き出しにし、執着を見せる相手。それは、一卵性の双子の弟だと、だいぶ後になって知った。
耀が自らを生贄 としてゲスな義父に差し出していた傍らで、ぬくぬくと何の不安も危険も感じずにいた弟。
耀が、クソ義父に犯された自分を責め、殉教者のように自分の身体を虫ケラのような不良たちに犯させていた時、『何も言わないで自分たちを置いていくなんて』と子どもみたいに脳天気に腹を立てていた弟。
耀が、自分の何を引き換えにしても守りたいと切望し、唯一愛している弟。
その存在を知った時、俺は、耀と同じ顔をしているであろう、耀の双子の弟を激しく憎み、嫉妬した。
「お前が、何の危険もなく、ぬくぬくと子どもでいられたのは誰のお蔭だと思ってるんだ。耀の払った犠牲を、奴の受けた心と身体の深い傷を知りもせず、よくものうのうと耀の隣にいられるな。図々しいと思わないのか」
そう言って、胸ぐら掴んで罵倒してやりたいと思っていた。
実物の弟に会った時。俺は少なからずショックを受けた。
「耀が、もし健やかに成長したら、きっとこんな感じだろうな」と俺が期待していた通りの顔と身体が、そこにあったからだ。
睫毛や陰毛の色から、地毛は瞳と同じ榛色なのだろうと想像していた。弟は、その通りの髪色だった。何度も染め、栄養不足で軋 んでいる耀の髪とは異なり、艶々と輝いている。肌は同じくらい白いが、適度にふっくらして薔薇色の頬。年相応にしっかりした身体付き。文化系の割に腕が太くて長いのは、ピアニストだからなのだろう。
何より、表情が、世間の汚いものなど何も知らなさそうな無垢なあどけなさを湛えていたことに、同い年の耀が不憫で泣けてきた。
弟のほうは、寝ている耀に俺がキスしただけで動揺して目を剥くくらい、お子ちゃまだってのに。
なぁ、耀。アイツに俺らのセックス見せてやろうか? どんな顔するのかな。
一瞬、悪趣味なことを思い付いたが、世界一愛している弟の前で他の男に抱かれるくらいなら、耀は、舌を噛み切ってでも死ぬだろう。
俺は知っている。
お前に得て欲しいと俺が願っている幸せな日々を、心の平穏を、もしお前が本当に手に入れたなら。
お前は、俺をセフレにすらしてくれないだろう。俺みたいなハンパな落ちこぼれは、世界的な音楽家の息子で、若き天才と呼ばれるお前には、ふさわしくない。
お前が幸せになれた時、お前の隣にいるのは、お前の弟みたいな奴だろう。
だから俺は、お前の幸せを心の底から願ってなんかやらない。不幸なお前を、本当の地獄に落とさずに適度な不幸のぬるま湯に浸からせてやれるのは、俺しかいない。
「俺は誰のモノでもない」と虚 ろな瞳で嘯 きながら、この腕に抱かれていれば良い。
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