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第19話

「お、おぉ……」  E地区。の窓口である駅には、身分と年齢さえ証明できればすぐに入れた。そして、入ってすぐにピンク色の光景が広がっていた。  改札を出ると、そこかしこにカップルがいて、手やら腕やら舌やらを濃密に絡ませ合っている。最初のうちこそ横目でチラ見してその数を数えていたが、途中から止めた。バードウォッチング時の野鳥より多いし。  彼らが恋人なのか、行きずりの関係なのか、野暮なことを思う輩はここにはいない。そして彼らは、通行人に見られるのもスパイスだとでもいうように盛り上がり、シャツを捲って際どいところに触れ、「あんっ」とか「やんっ」とか声を響かせた。  駅前はフリー同士、相手を見つける場でもあるらしいのだが、童貞の光希には刺激が強すぎる。足場やにその場を通り過ぎ、薄暗い路地を抜けて向かったのは、とあるビル。ここは一棟丸ごと、ひとつの店舗が入っている。ちゃんと下調べをしてきたので間違いない。  この店の棚に並ぶのは全部、アダルトグッズだ。しかも、高クオリティのものが低価格でという良心の塊のような店。噂を聞くうちに、光希はE地区に来たら絶対最初にここを訪れるのだと心に決めていた。 「マジで……?」  そんな光希ですら、店の中に脚を踏み入れた途端、思わず呆然としてしまった。  どれもこれも、光希の知らない玩具ばかりだ。世界ひとつ変わっただけなのに、前世の自分が行っていたソロ活動は、ただのごっこ遊びだったのだと思い知らされる。発展した科学技術が、すべて大人の玩具に駆使されている。これぞ無駄遣い……違う、有効活用だ。ちなみに、某ボーダー柄のオナホは、懐かしのレトロ玩具枠に入れられていた。  棚の端。左から順番に、ラブドール(AIが搭載され会話も可。恋人としての長い付き合いを想定している)、全自動搾乳機(なんだそれ)、触手……触手?  生物なのか、それともラブドールのようなロボットなのか。この品ぞろえでただのスライムということはないだろう。  とにかく、光希にとって、触手はフィクションの中にだけ存在するモンスターだった。エロい人間なら誰しも一度は夢に見る生物だろうとも考えている。それを手に取ろうとした瞬間、隣にいた誰かの手と重なった。 「あ、すみません……」 「……いえ」  そして、硬直。だってこの声、忘れるはずがない。卒業式の日にもう聴いた。そしてもう聴けないだろうなと思っていた声。

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