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第29話
透は両親にとって待望の子どもで、一人っ子なこともあり、しっかりと躾けられながらも、そこそこ自由に育てられた。
好きなものもたくさん買ってもらえたし、透が嬉しいと思った時、悲しかった時、楽しい時――いつも真っ直ぐに向き合ってくれた。
それに、彼らが自らの仕事を軽んじたり、自虐したことなど一度もなかった。性欲は人間には付きものだから。どうせなら楽しく発散してもらいたい。そんなことを言いながら商品展開を相談する二人は、自分の仕事に誇りすら持っていただろう。
そんな生まれ育ちだったから、透にとって、情欲は敬遠すべきものではなく、むしろ身近にあるもので、初体験も早かった。
土地柄、欲に塗れた街で欲を武器にして働く人も、欲に溺れ切っている人もいた。
時おり、後者の人は、心が不安定になるらしい。遠くを見るような目で、ふらりとどこかに消えてしまいそうな危うさがあった。
そんな彼ら、あるいは彼女らにとって、E地区にいながらもひねくれたところのない透は眩しい存在だったのだろう。
付き合ってほしい、もっといえば抱いてもらえるだけでも構わないと言われた。抱いて、今抱えているこの不安を掻き消してほしい、と。抱いてくれなければ死んでやると脅されたことすらある。
そんな人たちを、透は放っておけなかった。そして、一度抱いたら情が湧いた。あれだけ不安そうな瞳をしていた人が、自分の隣であどけなく眠る姿を可愛いと思った。
そんな人たちは、何度か透と付き合った後、夜の街のさらに奥へ、ふらりと消えていった。
皆が、透のもとから離れていった。
それでも、透は、彼らがせめて何の不安もなく、健やかに眠れていればいいと思っている。初めて抱いた日の朝のように。
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